姫と筋肉 筋肉inレストラン再び
「死霊召喚禁止! 脱ぐの禁止! 筋トレ禁止!」
僕は店に入って来た奴を見るなり、店の壁に予め書いてかけていた、店での禁止事項を書いた小黒板を手に駆け寄る。
ここは『みみずくの横ばい亭』。僕がいつも働いているレストランだ。ランチのピークタイムも過ぎてちらほら空席が出来てきたところだ。
僕の名前はラパン・グロー。ここのウェイトレス兼冒険者だ。
先日、奴、黒エルフのマッスル死霊術士レリーフが店に来た際にはひでぇ事になった。前回は追っ払ったのだが、出直して来るとか言ってたので、奴が来る時のために、いろいろ準備はしていた。
レリーフはしげしげと黒板を眺める。相変わらずでけぇな。まじで、熊みたいだ。
「中々注文が多いレストランだな。王都にはそんな店はないぞ」
「そりゃ、王都じゃお前名前が売れてるだろ。みんな迷惑だと思ってもビビって言えないんだろ」
「そうなのか? 最近は筋トレしてるだけで、人が集まってきて、ケイトとスザンナは人気者だぞ。特に子供や若い女性たちは触りたがるくらいだぞ」
奴はケイトとスザンナ、右と左の大胸筋をぶるぶるさせる。服の上からもその脈動がよく分かる。……巨乳だな……僕より遙かにデカい。けど、ああは成りたくないな。頭の中に胸を交互に動かす僕の姿が浮かび、SAN値がゴリゴリ削られる。ちなみにSAN値とは最近王都で流行った言葉で、正気度という意味らしい。これが削られたら狂気に陥ると言う。さすがレリーフは死霊術士、人を恐怖に陥れる存在だ。
「で、飯食ってくのか?」
「ああ、せっかくだからな」
僕は空席にレリーフを案内する。そして、そこの椅子の1つを僕の魔法の収納にしまい、代わりにゴテゴテしい椅子を出す。先日、王都で購入した頑丈な椅子だ。うちの普通の椅子ではレリーフの体重を支えられない。椅子を引いてレリーフを座らせてやる。
「すまんな、偉くなった気分だな」
そう、そうなのだよ。うちでは来たお客さん全員に、まるで貴族になったような気分を味わって欲しいと思って頑張ってるのだよ。
「はい、メニューです」
僕は収納からレリーフ用特製メニューを出して渡す。うちの店で出せる調理長が作れる豆メニューだ。ちなみに豆は奴対策に僕の収納に常備している。
「これをいただこう。なんか何から何まですまんな。そんなに私が来るのを楽しみにしてたのか……これからは、近くに来る度にちょくちょく寄らせて貰うとするよ」
え、なんて事だ……
レリーフが来た時のための対策が、まさかレリーフを満足させるものになるとは……
よく考えると、やり過ぎだ。奴のために特別な椅子を用意して、奴のために特別料理も用意している。もしかして、僕は奴が来るのを楽しみにしていた? いや、そんな事は無い。奴には迷惑かけられっぱなしだし、けど、奴がいると退屈しないのは確かだし。僕の思考はグルグル回る。
「ありがとう、美味しかったよ」
「あ、ありがとうございます」
レリーフは無難に立ち去って行った。
それからしばらくすると、何故かお店のお客さんが増え始めた。
「あれ、凄かったな」
「俺も筋肉もっと鍛えようかな」
お客さん達の会話でピンと来る。外に出ると人だかり。かき分けて事の次第を見ると……
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ!」
死霊騎士を背に腕立て伏せする黒い人物。しかも死霊騎士増えて二体乗っている。なんかそれを見てほっとしている僕がいる。決して筋肉を見たかった訳ではないけど。
まあ、お店のお客さん増えたからいっか。店先での筋トレ禁止とは黒板に書かない事にしよう。