幸運のコイン
「これで足りるよな。おっと!」
ここは『みみずくの横ばい亭』、昼下がり、ランチのごった返すお客さんが減り始めた時間を見計らい、久々にランチをいただいた。ここの飯はいつも美味い。そして席を立ち、会計で銀貨を一枚出したのだが、勢い余ってそれは床に落ちてしまった。
「え、なんだコレ?」
驚く事に、なんと、床に落ちたコインは綺麗に立っている。
「珍しいわね、そう言えば、投げたコインが横に立った時、なんか幸運か訪れるって聞いた事あるわ」
会計をしていた、元大神官のウェイトレスのシャリーが屈んでコインを掴む。つい、何も考えずその胸元に目がいってしまう。その瞬間、地面にランチのお皿くらいの大きさの金色に輝く魔方陣が現れた。うっかり僕が収納のポータルを漏らしたのかと思ったが、違う。僕のポータルより魔方陣の文様が複雑だ。
「なにコレ? 召喚陣?」
シャリーと僕は咄嗟に警戒し、飛びすさる。
「おこんにちわ! よーびましたー?」
魔方陣から小さな影がパッと飛び出る。
妖精? 金色の昆虫のような羽に金色の服を纏った小さな少女が現れた。
「なんだ? お前は?」
「えー、なんかこーわーいー! 呼んだのお兄さんでしょう? あたしは幸運の妖精、あなたに幸運を、運んできたのよーっ」
間の抜けた声を上げながら妖精?は飛び回る。
「嘘つけっ!」
つい、口走る。羽根が生えた小さな生き物にはロクな奴は居ないというのが、僕の持論だ。主に妖精ミネアの影響によるものだけど。そう言えば、今日は奴はいないな。
「なによ、嘘じゃないわーっ。あなた、コインを投げて立てて、あたしの名前呼んだでしょ?」
「呼んどらんわ!」
「えー、呼んだわよーっ。あたしの名前は『エナ』。幸運の妖精エナよ!」
「シャリー、お前呼んだか?」
「え、呼んでないわよ」
よくよく思い出してみる。あ、言ってるわ『え、なんだコレ?』。確かに『エナ』って言ってるな。紛らわしい名前しやがって。
「ああ、すまん。確かに呼んだ。けど、事故だ。間違いだ。とっとと巣に帰れ」
「えー、けどー、呼ばれたからにはちゃんとお仕事しないとー。2回、2回だけ、なんとあなたに幸運を差し上げるわ。何でも言ってみてーっ!」
キンキラ妖精エナは僕の回りをウザったく飛び回る。なんか胡散臭い奴だな。
「ん、何で半端に2回なんだ?」
「1回はお試し。みんな信じてくれないんだもん。それで1回目は試してもらって、2回目がほんちゃんよ!」
んー、とりあえず、試すだけ試してみるか。
「そうだな、これから俺が投げるコインを立ててくれ」
「お安い御用よーっ」
僕はコインを放る。チャリンと音を立ててコインは見事に立つ。おお、まじか……
「エナ!」
僕は奴の名前を呼ぶ。
「これで、また願いは2回になったな」
「うわ、お兄さん、顔に似合わず、あったまいいわねー。いいわよ、これであと2回、幸運を差し上げるわーっ!」
「じゃ、またコインを立ててくれ」
「え……」
チャリン!
「エナ!」
チャリン!
「エナ!」
しばらく、妖精エナの表情が変わるまで、おちょくってやった。こういうキャラ作っている奴の化けの皮剥がすのは愉快なものだ。いつの間にか、回りには人だかり。マイとアンもいつの間にか来ている。
「お兄さん! そろそろ、本当の欲しい幸運を言って、さすがに温厚なあたしでもブチ切れるわよ!」
妖精は肉食獣のような形相で僕を睨む。おー、こわい、こわい。
「要らない」
「え……」
「要らないよ」
「え、幸運よ! 幸運なのよ! 幸運要らないの?」
「ああ、要らない。俺は欲しいものは自分で手に入れる。そうだな、俺は不運だったからここまで強くなれた。運に左右されない力を付けて行ったから、俺は今ここにいる。例えば、幸運で強い魔物を倒したとしても、次運が悪ければ負けちまう。俺はそんな運なんかに振り回されたくないんだ」
フッ、決まったな。そして僕は店を後にした。そのあと聞いた話では、幸運の妖精を巡って、店ではバトルロイヤルが始まったそうだ。やれやれ、欲深い奴ばっかだな。