お雑煮
「今日は東方のお料理、『雑煮』です」
マイがお盆に乗っけてきた料理をそれぞれの前に置く。僕たちの前には椀に入ったスープ系の料理が湯気をたてている。
「へぇー、『ぞうに』ですか? 『ぞう』って遠い国の鼻の長い生き物ですよね、この鶏肉みたいなのは『ぞう』の肉なんですか?」
ドラゴンの化身アンが僕も思った事を口にしてくれた。そうか、子供の頃に絵本でしか見た事が無い『象さん』がこれにはいっているのか。あの絵本では鼻が長い愛らしい生き物を食する事になるとは……
「アンさん、そんな訳ないでしょ、多分それは鶏肉ですよ。『雑煮』の『ぞう』って言葉は、動物の『象さん』じゃなくて、いろんなものとかそう言う意味ですよ」
幼女導師が、まるで子供を諭すかのような優しい言葉を紡ぐ。危ねぇ、口に出さなくて良かった。あと少しで僕もジブルにあやされる所だった。見た目幼女のアイツに諭されるのは気分的にかなりの屈辱だ。
「へぇー、そうなんですね。『象さん』食べて見たかったのに。それで、これは大根、椎茸、なんかの葉っぱは解るんですけど、この白い四角いやつは何なんですか?」
アンはお椀を凝視する。なんか警戒しているように見える。食べ物オールオーライの奴にしては珍しいリアクションだ。多分奴は味付けしたら、木の根でも泥でも食べると思われるのに。
「それは、お餅よ。お隣のピオンちゃんから貰ったのよ」
マイが答える。ほう、これが餅か。東方の話には聞いた事があるものだが、食するのは初めてだ。たしかこれを食べると力が湧き出て鬼等をいたぶる事が出来るという逸品だったよな。
「えっ、餅、餅なんですか?」
アンの目が驚愕に見開かれる。どうしたんだ?
「もしかして、アンちゃんお餅が嫌いなの?」
マイが驚きの目でアンを見る。僕も驚きだ。
「いえ、そう言う訳では無いと思うんですけど、何故か餅って聞くと、背筋が寒くなるんです。まぁ、大した事無いですけどねっ!」
強がるアン、なんかレアだな。まあ、昔、食べて喉に詰まらせたとか、そう言うレベルの事だろう。
「じゃ、冷める前にたべましょう」
家では、食事の開始はいつもマイが号令を出す。
「「いただきます!」」
「……いただきます……」
やっぱりアンは元気無い。
僕は雑煮を口に運ぶ。うん、優しいそして深みがある味わいに、モチモチしてるお餅が美味しい。体の底から温まる。これはまた食べたいものだ。
「クゥエエエエエエエエエーッ!」
まるで、魔物の断末魔のような声が響きわたる。何だ? その声の主はアン。美少女にあるまじき奇声を放ちながら、美少女にあるまじき形相で喉を押さえている。いかん、言うのを忘れていた。モチモチしてるから丸呑みするなよと……
吐き出そうとしているが、餅が詰まったみたいで喉を押さえてバタバタするだけだ。僕とマイの手は多分アンの口には大きすぎる。
「ジブル、アンの口に手を突っ込め!」
「ええーっ、まじですか?」
僕は嫌がるジブルを引っ掴んで、その手をアンの口に突っ込む。
「ウゲーッ!」
何とかアンの口から餅を取り出すのに成功した。おいおい、餅、原型のままだよ。汁ごとドバッと丸呑みしやがったな。
「ふうっ、ありがとうございます。あと少しで昇天してしまう所でした……けど、昔もこんな事があったような……」
ドラゴンってなんて脆い生き物なんだろうか? 気を抜くと死にそうになりやがる。
「アンちゃん、ちゃんと噛むのよ。これから丸呑み禁止です!」
マイがアンにビシッと指を突き付ける。
「はいっ! これからはしっかり噛みますっ!」
アンが良い返事でこたえる答える。いつもながら、これって大の大人がする会話ではないよな。
「それより、お前、自力で吐き出せなかったのか?」
自分で手を突っ込み取れば良かったのに。
「それが、息を吸い込まないと吐き出せないし、焦って人間化してるの忘れちゃって、ドラゴンって口に手が届かないですし」
アンは角をポリポリかく。
「餅、餅、ドラゴン……これよ、これっ!」
ジブルが何故か興奮しながら小躍りしている。
そして、そのあとしばらくして、ジブルは『ドラゴンスレイヤー』の魔法、焼いた餅をドラゴンの口に突っ込むという魔法を開発した。ドラゴンのみならずワイバーンやヒドラなどのブレスを封じる事が出来るその魔法はそれから数多の冒険者達の命を救ったと言う。