姫と筋肉 ラビリンス (2)
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「酒はないのか。では、仕方ないな」
レリーフはそう言うと、上着を脱いで地面に綺麗に畳んで置き、腕立て伏せを始めた。もう、突っ込まないぞ。
とりあえず、辺りを見渡す。地下室。多分そうだろう。
「ケイト、スザンナ」
石造りの壁に燭台が設置してあり、蝋燭の火が照らしている。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
仄かに香料のような匂いがする。嗅いだ事の無い匂いだ。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
「黙れ、レリーフ、考え事出来ないだろうが! 筋肉の名前言うの止めれ!」
「何を言ってる。筋肉は名前を呼んでやった方がよく育つ。そうだな、お前も1つ大胸筋に名前でもつけてみるか? そしたらもっと育つと思うぞ、マイケルとアーサーでどうだ?」
「あの、遠回しに胸が小さい事いじらないでもらえませんか? ギルドにレリーフにセクハラされたって訴えますよ!」
「どこがセクハラだ?」
「人の胸に勝手に名前つけて、どこがセクハラじゃないんだ? 僕は一応女の子なんですけどっ! そこらでねーちゃんに、あなたのおっぱいに名前つけてあげますって言ってみろよ、間違いなく変質者扱いされるだろ!」
「そういうものなのか? すまない。私はお前にももっと筋肉をつけて貰おうと思って好意で言っただけだ」
「あのねぇ、その好意引っ込めろよ。筋肉なんかつけたくないわ。お前、よく考えてみろよ。僕がお前のような体型になったとして、お前、僕を女の子として魅力的だと思うか?」
「ん、最高だとおもうぞ? 私は私のような体型の女性をずっと待ちわびている。お前が私のようになったら、私もお前を女性として意識するかもしれないな」
ちゃー、駄目だこりゃ。やっぱコイツの頭の中は筋肉一色だ。いかん、不毛すぎる。
「分かった。そうだな、筋トレしてていいからもう少し声を落としてくれ。少し考え事したいんだ」
「分かった。善処しよう。ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
少しだけ小さい声でレリーフは腕立て伏せを再開した。
気を取り直して、地面を見ると、魔力の残滓が感じられる。僕達を移動させた魔法陣は一方通行の転移陣だったみたいだ。転移魔法陣は、それに込められた魔力で移動距離が変わってくる。さっきのはヤバかった。一流の魔道士数十人分の魔力があったのではないだろうか。複数の魔道士による儀式魔術だろう。それも魔道都市で組み上げられた術式ではない。コンセプトは似てたけど、魔道言語の体系が全く違った。
「ふぅっ。いい汗かいたな。少し小腹が空いたな。出でよ死霊皇帝」
レリーフは立ち上がると詠唱破棄して術を展開する。地面に現れた禍々しい魔法陣から、骨ばった手が現れ、這い出るように一体のアンデッドが現れる。見るからに高級そうなローブを纏ったミイラのような顔をした奴だ。かなり高位の存在っぽい。
「主様、いかがなされましたか?」
「小腹が空いた。軽いものを出してくれ」
「はい、畏まりました」
アンデッドは空間から机と椅子を出す。その上にはお皿とカップが乗っている。収納スキル持ち? そして、呪文を諳んじる。
「魔力よ糧となれ『神々の食料』」
アンデッド僕が見た事も聞いた事もない魔法を使った。もしかして、『失われた魔法』! 僕は時の流れに埋もれてしまったその魔法の術式を、紙とペンを出して急いでメモった。骨子は写せたはず。
魔力の光が皿とカップに収束し、何かが現れる。皿には金色のパンのような形のもの、カップには金色の液体が湯気を立てている。
「帰っていいぞ」
「有難き幸せ」
アンデッドは空気に溶けるように消えていった。レリーフは椅子に腰掛けると、その金色の物体に噛みつき、金色の液体を口にする。
「遠慮するな。食べていいぞ」
「誰が食べるかっ。そんな無気味なものっ!」
ああ、不毛だ。僕は今何をしてたのだろうか? さっき『失われた魔法』に興奮して書き写したメモを丸めて捨てる。確かに凄い魔法だけど、失われるべくして失われた魔法で間違いない。