姫と筋肉 馬車
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「それで、お前は何してるんだ?」
乗り合い馬車の中央で腕立て伏せしている生き物に、僕はやむなく声をかける。誰かが勇気を出さないと、コイツはずっと続けていく事だろう。馬車に乗ってる間中、これを見続けるのは拷問でしかない。
僕の名前はラパン・グロー。ウェイトレス兼冒険者だ。今日は久し振りに1人で王都の冒険者ギルドで依頼を受けた。運搬の依頼で隣町まで引っ越しの荷物を届けるものだ。僕には魔法の収納があるので、荷物はそれに入れて、乗り合い馬車に乗った。走ってもいいんだけど、たまには馬車もいっかなと思ったら、居やがった奴が。マッスル変態黒エルフのレリーフだ。何故か1人の時には高確率でコイツと遭遇する。もしかして呪いか何かなのか?
「何をって筋トレだが、どうした?」
レリーフが僕に答える。始めは大人しくしていたのだが、おもむろに鍛え始めやがった。
「どうしたじゃないだろう! お前、みんなが迷惑してるだろ、少しは周りの事考えろよ」
「ん、そうなのか? では、誰か迷惑してる者は手を挙げろ」
手を挙げたのは僕だけだった。他の乗客はレリーフを見ないようにしている。これって威圧だよな。
「多数決だな。ラパン、お前の間違った常識を人には押し付けない事だ。基本的には人は筋肉を愛するように出来ているものだ。ただ、一般の人は踏み出す勇気を出せないだけだ」
何を言っているんだ、こいつは? けど、もしかして僕がおかしいのか? よく見ると乗客の数人はキラキラした目でレリーフを見ている。意外に筋肉ってモテるのか?
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ、やはり負荷が足りんな」
レリーフは大胸筋につけた名前を呟きながら腕立て伏せを続行する。そうだ、もうアイツに関わるのは止めよう。
レリーフは熱くなったのか上着を脱ぎ、タンクトップ姿になる。乗客からどよめきが起こる。確かにレリーフの筋肉は凄いもんな。コイツ以上のマッスルを見た事は僕は無い。レリーフはしばらく腕立て伏せを続け首を傾げる。
「やはり物足りん。しょうがないアイツでも呼ぶか。闇夜の彼方より、来たれ太古の英雄……」
ヤバイ、あのアホ、また高位のアンデッドを呼ぶ気だ。
げしっ!
とりあえず、レリーフの頭を踏みつけ魔法の詠唱を中断する。品が無いけどしょうが無い。あんなの呼んだら、乗客何人か失神するぞ。
「そうか、お前が協力してくれるのか。けど、まだ負荷が足りないな」
げっ、僕の踏みつけでもレリーフは少し体が沈んだだけだ。もしかして、コイツ、いつの間にか僕より強くなってるんじゃ?
「けど、よろしくない。女子がスカートで足を上げるものではないな。私は興味ないが、多分正面からは丸見えなのではないかな」
げっ、そうだ、今日はスカートだ。僕は即座にシートに戻る。くぅっ、何から何まで裏目だ。恥ずかしくて泣きそうだ。
「レリーフ、死霊魔術をこんな所で使うなよ。みんな驚くだろ」
「それもそうだな。誰か、悪いが私の上に乗ってくれないか? 負荷が足りないんだ負荷が」
何言ってる。誰も協力する訳ないだろ。
「わたしでもいいですか?」
「わたしも乗ってみたいです」
「あのー、わたしも……」
え、まじか! 若い女性が3人もレリーフの上に座った。
「きゃ、すごーい!」
「カチンカチン!」
しかもキャッキャ言いながら楽しんでる。他の乗客もいつの間にか暖かい目でレリーフを見ている。なんか僕の常識が崩れてきた。もしかして、僕がおかしいのか?
「やはり、馬車はいいものだな。移動しながら筋肉を鍛える事が出来る」
それはお前だけだよ。
僕は言葉を呑み込み王都付近では馬車に乗らない事を誓った。
新人発掘コンテストさんの最終選考に残ってます。読んでいただいている皆様のおかげです。応援よろしくお願いします。<(_ _)>