姫と筋肉 筋肉納豆
「おっ、ラパンじゃないか。偶然だな」
何故こんな所に奴が?
僕の名前はラパン・グロー。ウェイトレス兼冒険者だ。
ここは王都の城門から少し離れた街道。
今日は久し振りに王都のギルドで何か依頼を受けようと思って馴染みの街から来た所だ。
街道のすぐ脇に石を集めて原始的な竃を作り石に座って焚き火をしている人物がいた。焚き火には何か鍋がかかっていて、いい匂いがただよってる。
その人物はまるで鬼のような巨躯に、はち切れんばかりの筋肉、短パンにタンクトップ、決して寒い中で生きていく格好ではない。浅黒い肌に銀髪に尖った耳。今では誰もその種族を信じてくれないがダークエルフの自称死霊術士のレリーフだ。
この前王都にみんなで依頼を受けに来た時には遭遇しなかったのに、僕が1人で冒険しようとする時には高確率でコイツに会って痛い目を見る。痛い目って言ってもだいたいメンタル的なものだけど。
けど、今日はマシな方だ。珍しく筋トレしていない。奴は暇さえあれば何処ででも、筋肉につけた名前を連呼しながら筋トレを始める。間違いなく変態だ。問答無用の変態だ。こんな所で何してるか少し興味が湧くが、変態には関わらないに限る。
「あっ、レリーフ。元気ーっ? じゃまたね」
僕は手を振って別れを告げる。とっとと逃げよう。
「待て、ラパン。何か大事な事を忘れてはいないか?」
「え、何か忘れてたっけ?」
僕とレリーフはしばし見つめ合う。コイツってマッチョじゃなかったらかなり整った顔してるんだけどなー。レリーフは目を細める。
「まだわからんか?」
「だから、何だよ?」
「筋トレだ!」
「おめーじゃねーよ!」
とりあえず、レリーフの頭をはたく。いかん、いかん、ついつい頭に血がのぼって言葉遣いが乱雑になってしまった。
「何か、日々、お前は遠慮が無くなってきてるな。それはそうと、寒かっただろ、遠慮せずにそこに座れ。鍋も出来てるぞ」
レリーフはマグカップにレードルでスープをついで僕に差し出す。湯気のたつそれを何も考えず受け取ってしまった。
「ありがとう」
僕は焚き火の前に腰掛けスープの匂いを嗅ぐ。優しい匂いがする。中を見ると、豆がゴロゴロ入ったスープだ。相変わらず豆ばっか食べてるのか。せっかく貰ったのでふーふーして口にする。温かい。塩味に旨味が入っていて、レリーフの見た目からして意外な事に優しい味のスープだ。豆も美味しい。
「それでは始めるとするか」
レリーフは立ち上がるとかがんで両手を大地につき、腕立て伏せを始めた。やっぱりこうなるのね。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ!」
確かケイトとスザンナって大胸筋の名前だよな。いつか筋肉の何処かに僕の名前を付けられそうで怖い。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ。足りない。負荷が足りない。すまんが、ラパン、そこの岩を担いで私の上に乗ってくれないか?」
「嫌だよ!」
即答です。
「むうぅ、やむを得ないな。ケイト、スザンナ、闇より来たれ、ケイト、スザンナ、太古の彼方より……」
おお、レベルアップしてる。腕立てしながら呪文を詠唱している。なんか辺りが、ゴゴゴゴゴゴ言ってる。やーな予感がする。
「蘇れ、太古の英雄!」
街道に光輝く魔方陣が現れ、その中に黒い鎧を纏った者が現れレリーフにかしづく。
「よし、私の上に乗って食事を手伝え!」
あのアンデッドは図書館の本で見た事がえる。
『ドラウグル』
太古の埋葬された戦士がアンデッドになったものだ。巨大化や物を腐食させる能力を持つという。
その伝説の化け物が、皿にスープをよそってレリーフの上に座り、器用にスープをこぼさないようにしながら腕立てでレリーフが腕を伸ばす度にスープをスプーンでレリーフの口に運んでいる。
よかった手伝わなくて。あと少しであれを僕はさせられる所だったのか。凶悪なアンデッドがなんかお母さん的なものに見えてきた。
「んー、間違いなく死霊魔法の使い方間違ってるよな」
「何を言ってる。死霊魔法など、少し便利な生活魔法に過ぎない」
腕立てしながらレリーフは器用に話す。それはあんただけだよという言葉を呑み込む。
「よし、鍋の味を変えてくれ」
レリーフの言葉にドラウグルは頷く。やっぱり埋葬時間が長すぎて話せないんだろな。
ドラウグルの指先から黒い靄が出てそれが鍋を包み込む。
「うわっ!」
僕は耐えられない悪臭に鼻を摘まむ。納豆、この臭いは納豆だ。前にザップの家で口にした事がある。
ドラウグルの腐食の能力か?
なんてスキルの無駄遣いなんだろう……
そのくっさい鍋をドラウグルがよそってきて上手に腕立ての合間にレリーフに食べさせる。連携ばっちりだな。どれだけこの行為を繰り広げてきたのか? その前に大丈夫なのか? ソレ食べて?
なんでレリーフがここにいるか分かった。鍋が臭すぎて王都を追い出されたんだな……
「納豆鍋最高だっ! ラパン、美味いぞ、お前も食え」
何言ってるんだコイツ?
「食うかぼけぇ!」
僕は耐えられず、カップを置いて逃げ出した。