寿司食いねぇ(1)
お寿司食べましょう!
「へい、らっしゃい!」
忍者ピオンが威勢よく挨拶する。あれは誰だ?
見た目ピオンのはずだが、いつもの陰気っぽさは無く、めっちゃ活き活きしてる。まるで別人だ。少し逆に無気味だ。
仕事が終わって帰ると、家のリビングが様変わりしていた。テーブルとソファが消えていて、カウンターの前にスツールが備えてある。
カウンターの中にはピオンが立っていてその前には調理スペースがある。僕から見て左手には透明な箱があって中には氷が敷き詰めてあり、その上には魚の切り身みたいなものが皿の上に乗っている。
スツールには、マイ、アン、幼女導師ジブルと、見たことが無いアンと同じ位の背丈の女の子が座っている。見たことが無い女の子が振り返る。
「おいザップ。早く座れよ、お前を待ってたんだよ」
二足歩行の大っきい猫ちゃんだ。柄は白地に黒のホルスタイン模様だ。よ、良すぎる……
「もしかして、モフちゃんなのか?」
「おいおい、勝手に触ろうとするな。それより早く飯にするぞ」
「す、すまない」
いかん、ついつい無意識に手が伸びてしまった。モフちゃんの事がとても気になるが、なんか彼女は不機嫌っぽいので、まずは僕は空いてるスツールに腰掛ける。
「で、なんなんだこれ?」
「寿司よ」
答えたのはマイ。何故かドヤっている。という事は、この大がかりなセットはマイが用意したのだろう。まるで異世界に飛び込んだみたいだ。
そういえば、このまえマイがピオンに寿司は作れるか聞いていたような。そして今度、寿司を食べようって事になってたな。
たしか、寿司というのはご飯の上に生魚をのっけて醤油をかけて食べるというもの。話に聞いた事はあるが、当然未体験だ。
マイは食べた事があるらしく大絶賛していた。
僕はカウンターの中のピオンを見る。白い道着のような服に髪をまとめて白いはちまきをしている。少し開いた胸元には厚手の包帯みたいなものが巻き付けてある。多分、東方の服だが、ピオンにとても似合っている。白い忍者みたいだ。
「ザップ。ジロジロみるな」
ピオンがいつものピオンに戻る。
「すまない。それって寿司の人の格好なのか?忍者みたいだな」
「そうだ。寿司職人の格好だ。では始めるでゴザル」
ピオンは僕達の前に皿にのった温かい布巾を差し出す。
「手を綺麗にしろでゴザル」
その布巾で手を拭う。温かい。ついつい手以外の所も拭きたくなってしまう。
「拙者のお任せで握らせて貰うでゴザル」
そう言うと、ピオンは手に水をつけてパンパン叩き始めた。
「それって何してるの?」
マイが尋ねる。
「米が手につかないようにするのと、手の温度を下げている。あと、叩いて水を散らして、米が水を吸わないようにしてる。手が温かいと魚が傷むでゴザル」
そうか、いきなり何を始めたかと思ったが、拍手で自分を鼓舞してテンションを上げてる訳ではなかったのか。あと少しで、僕も手拍子を始める所だった。
「まずはガリだ」
ピオンは僕達の前に赤い漬物みたいなものを置いていく。ツンとした酸味が鼻をつく。
「ここに寿司を置いていくから、手で醤油につけて食べろでゴザル」
僕達は小皿に醤油を入れる。
ピオンは木の桶に入っている米を右手で取ると、左手に持ってる何かと一緒に握ったと思った瞬間には僕達の前のカウンターに直接二個づつそれを置いていく。俵型の米の上に緑色のとんがった草みたいなものが黒い帯で巻かれている。
「これってネギ?」
ジブルが問いかける。
「『芽ネギ』。生えたばっかりのネギを集めたものだ」
ん、ネギだけ?そんなものが旨いのか?
僕はそれを手で取って醤油につけて口に含む。
「!!!」
あ、いかん、これ、好物だわ。口の中に広がるシャキシャキ感、ちょっと刺激的な味で口の中でご飯がポロリと解ける。なんて繊細な味なんだ……
マイとアンは即座に食べてたが、ジブルとモフちゃんは微妙そうだ。まあ、好みがある食べ物ではあるな。
気が付いたら2個あったもう1個も口に含んでいた。