猿人間魔王
すみません。出勤時間になりましたので、後はちょこちょこ書き足していきます。
すみません。寝落ちしてしまいました。
「寒いなー。本当に、んなもん出たのかよ?」
「まあ、居ないなら居ないに越した事ないからな」
2人の男が山道を歩いている。皮の鎧に小剣、見た目から冒険者だと思われる。攻撃、防御より動きやすさを重視している彼らは盗賊や野伏の類いだろう。
「けど、相手は巨人、しかも10メーター以上あったんだろ。もし居たら、すぐ逃げるしかないな。けど、ここらへんでそんなもんが出たら倒せる奴いるのかよ?」
「そーだな。いねーだろーな。そん時は帝都に早馬で増援を頼むしかないだろうな。最近は聖教国とのいざこざで、ここらへんは手薄だからな」
「まあ、もし巨人が出たとしてもここらは視界が悪いから、逃げれば俺たちはなんとかなるだろう」
「そうだな。俺たちは戦士や勇者ではないからな。俺らが猿人間魔王だったら巨人なんて一撃なんだがな」
「おいおい、王国の英雄の話かよ、ありゃ眉唾ものだろ」
「まてっ、足音がする」
2人の後ろから何者かが走ってくる。そして振り返った2人と対峙する。
「おい、何者だ?」
しばし両者は対峙する。口を開いたのは走ってきた男。
「冒険者だ……」
山を歩くには軽装すぎる服装にマントを羽織っただけの、目立たない顔つきの男だ。武器を帯びているようには見えない。
「何をしている」
「依頼だ。魔物討伐だ」
「おいおい、嘘だろ。かっこつけんなよ。お前も偵察だろ。そんな格好じゃゴブリンにもやられるぞ。良かったな俺たちは帝国の偵察兵だ。見たとこ、お前も任務は似たようなもんだろ」
「ああ」
男は諦めたような顔で苦笑する。
「なら、俺たちについてこいよ。まあ、なんか出たら逃げろ。当然、俺たちも逃げる」
「ああ」
偵察兵2人の後ろを男はついて行く。
「ところで、さっきの話だがな」
また、1人の偵察兵が口を開く。部外者がいるのにも関わらずお構いなしだ。よほど話すのが好きなのだろう。
「俺の妹の彼氏の友達が見たって言うんだよ」
「何をだ?」
「猿人間魔王だよ」
その時、後ろを歩く男の眉が跳ね上がったのは当然偵察兵2人には見えなかった。
「おいおい、それって嘘だって言ってるようなものだろ。妹の何たら何たらって、もうほぼ他人の噂話だろ」
「いやー、俺はそいつを知ってるからマジだって、大人の頭より大きい鉄球を振り回し、天を突くような大剣を小枝を振るように使ってたらしいぜ。尖った耳に朝黒い肌の大男で、すっげー筋肉だそうだ」
どうも帝国では色々話がごっちゃになってるらしい。
「おいおい、それは大袈裟すぎるだろ。大人の頭くらいの鉄球?んなもん持ち上げられる訳ねーだろ。天を突くような大剣?そんなもん何の役に立つんだ?お天道さまでも叩き落とすつもりなのか?噂って言うのは尾ひれがつくもんだ。誰かが怪我したって噂が広がると、いつのまにかそいつが死んだ事になってたりする。軍隊学校の煽動の授業で習っただろ。忘れたのか?多分その鉄球は子供の頭くらいで、大剣なんかはせいぜい人の背丈くらいなもんだろ」
2人の後ろでは男がソワソワしてるけど、当然これも気付かれない。それにしてもよく口が回る偵察兵だ。偵察兵してるより、吟遊詩人や講談師の方が合ってるのではないだろうか?
「ん、なんだありゃ?何か見えねーか?」
「え、ありゃ岩だろ。それがどうした?」
「よく見ろって、動いてるって動いて」
「岩が動く訳ねーだろ、酒でも飲んでんのか?見間違いだろ」
「おい、よく見てみろって!」
「げっ、動いていやがる。巨人、巨人だ、お、おい逃げるぞ!」
偵察兵2人は踵をかえすが、ついてきた男はその場にたちどまる。よく見ると口の端には笑みが浮かんで居るようにも見える。
「おい、お前、逃げるぞ」
よく喋る方の偵察兵は佇む男の袖を引っ張る。よく喋る者にはお節介が多い。
けど、男は動かない。
遠くの岩と間違えられた巨人が男達の方を向く。野人のような風貌の顔。口を開き乱杭歯を覗かせる。
巨人は屈んだと思うと、片手で大木を根元から引き抜き掲げて投擲する。
「おい、ぼさっとするな逃げるぞ」
「問題無い」
「え、鉄球、巨大な……」
男の手には大人の頭の大きさを裕に超える鉄球のついた棒がにぎられている。
「ガアッ!」
咆哮と共に大木が男に向かって投擲れる。木々をなぎ倒しながら男に迫る。
ドムッ!
重い打撃音を響かせて、大木は男の左手に吹っ飛んでいく。あり得ない程の力で弾かれたそれは木々を巻き込みなぎ倒しながらしばらくして動きを止める。そのあとには巨人が通ったかのような獣道ができている。
「お、お前は……」
饒舌な偵察兵を残し、男は駆け出す。その手からは鉄球は消え失せ、上段に構えた両手に天を突くかのような長いもの、辛うじて大剣と解るものが現れる。
そしてそれを振り下ろし横薙ぎにすると木々がなぎ倒されたと思うや否や、切り倒された木々は消え失せる。
饒舌な偵察兵と、先んじて逃げていたもう1人の偵察兵も振り返る。
悪夢が顕現したかのような巨人の前に佇む、それを遙かに凌駕する長さの大剣をもった男。
しばしの静寂が辺りを包む。
「ゴクリッ」
饒舌な偵察兵は息を呑む。
「グルオウァーッ!」
先に動いたのは巨人。地面にあった巨岩を掴み投げると大地を揺らし走り出す。だが、風を切り飛来する巨岩は男のそばで霧散する。
大きく男は跳躍する。人間では成し得ないはずの放物線を描く。
「絶剣、山殺し」
風に乗って偵察兵達の耳に低い男の声が届く。
ブオンッ!
大剣の常識を超えた武器がうなる。音がしたと思う次の瞬間には、男は巨人の前の地面に着地し片膝をつく。巨人の股下の地面擦れ擦れに伸びる大剣。まるで剣が巨人を素通りしたかのように思える。
「グガッ!」
巨人は右手を振り上げるが、巨人の正中線に赤い線が現れる。
ブッシャーッ
強い雨みたいな音を立てて、男に巨人の血が降り注ぐ。だが、それは男を濡らす事無く霧散する。
次の瞬間には真っ二つに割られた巨人の体が左右に崩れ落ち始めるが、途中で消失する。
男が立ち上がりながら剣を振り上げ血を払った後には、剣もまた消え失せる。
そして男は偵察兵の視界から消え失せた。もともと何も無かったかのように。
「なあ、本当だっただろ」
先に逃げた偵察兵が口を開く。
「ああ、人間の体くらいの鉄球、帝都の塔よりも長い大剣だったな……」
どうもインパクトが強すぎて実際よりも大きく見えてたみたいだ。帝都の塔は軽く50メートル以上ある。
「俺達、夢でもみてたのか?」
「戦った跡が残ってるよ」
辺りにはなぎ倒された木々。巨大魔獣が暴れたみたいになっている。
「凄かったな……猿人間魔王……」
「ああ、沢山の人が救われた。あの巨人はやばかった」
そして、帝国に猿人間魔王の信者が新しく2人発生した。
巨人のような体躯で人間よりも大きい鉄球を手に、帝国一の高さの塔よりも長い大剣を振り回す、醜い顔の人に優しい魔王。
その名は『猿人間魔王ザップ・グッドフェロー』
新たな物語が帝国を席巻した。