Tボーンステーキ(前編)
『歳をとってTボーンステーキも食えなくなったわい……』
僕の今読んでいる小説の主人公のセリフが心に残る。ハードボイルド冒険活劇で、格好良かった主人公が歳をとって漏らした言葉だ。
ところで、Tボーンステーキってなんだ?
語調と、タフガイ主人公が食べていた事から、漢のロマン料理の薫りがする。
ボーン、骨という言葉がまずロマンだ。海賊船のジョーリーロジャー、骸骨の紋様や、ちょっとした髑髏の装飾品は、アウトローの薫りがして格好よさげである。うちの導師ジブルがそう言う服や装飾品を好むが、見た目幼女なので、可愛らしいだけではあるが。
ちなみに僕は家のリビングで1人本を読んでいた。マイはキッチン、アンは炬燵、ジブルは仕事だ。なんか最近僕は“ヒモ”感があるのでしっかり働かないと。けど、寒いとどうしても引き篭もりがちになってしまう。
解らない事をジブルに聞いたら、大抵の事は知ってるけど、話が長くてウザい。聞くのはマイにしよ。
キッチンに行くと、マイが野菜を切っている。ついその後ろ姿に見とれてしまう。今日もショートパンツだ。けど、寒くないのか?
「なあ、マイ」
「なあにザップ」
マイは振り返らない。野菜を切るリズミカルな音がする。それに合わせてお尻が微妙に揺れている。いかん、何を見てるんだ。
「聞きたい事があるんだ。Tバックステーキってなんだ?」
「Tバックステーキ?」
マイが怪訝そうな顔で振り返る。
ん、ぼ、僕は何を言ってるんだ……
「ま、間違えた。Tボーンステーキだ」
「…………」
「…………」
やべえ、自信のある一発芸が滑りまくったような寒すぎる空気に包まれる。
確かにTと言えばTバックを連想はしたが、絶対に口にはしまいと固く思っていたのに……
そう思えば思うほど、ドツボにはまるものだな……
「Tボーンステーキね……」
マイが貼り付いたような笑顔で答える。かろうじてスルーして貰えたみたいだ。良かった。
「Tボーンステーキと言うのはね、T型の骨にそれを挟んで、ヒレとサーロインって言う牛肉の美味しいお肉がついてるのを焼いたステーキよ」
そうなのか。T型の骨についたステーキなのか。
「うまいのか?」
「うまいわよ」
「食べたいな」
「いいわよ、お肉屋さんに頼んどくけど、ちょっと時間かかるかも」
「わかった。頼む」
斯くして僕は生まれて初めてTボーンステーキを食する事になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「これがTボーンステーキ!!」
僕は目を見開く。デカイ。想像していたよりデカイ!
それはマイが言ってた通りで、T字型の骨にはさんでお肉がついている。右には脂がついた大きな肉、左には少し小振りな肉がついている。肉には綺麗に美味しそうな十字の焼き色がついている。
「ゴクリッ」
ついつい僕は唾を飲み込む。
マイにTボーンステーキをお願いしてからお肉が来るのに数日かかった。
今は夕飯時で、マイと、アンと、ジブルもいて、各々の前にステーキが一皿づつ置いてある。ちびっ子のジブルは1人で食べきるのだろうか?
「「「「いただきます」」」」
僕は切ってないステーキを皿を手前に寄せて、骨を握り一気にかぶりつく。