姫と筋肉と筋肉(後編)
「ジェーン、イザベル、いい乗り心地だろ。ラパン。ジェーン、イザベル」
何をそう考えたらそう言う台詞が口から出るのだろうか?
レリーフは巨大な骸骨の腕の骨にぶら下がって懸垂している。確かジェーンとイザベルは上腕二頭筋の名前だったか?
筋肉の名前の中に僕の名前を挟むのは止めて欲しい。
僕はでっけぇ骸骨の頭蓋骨の中にいる。レリーフ言うには特等席だそうだ。骸骨の目の穴に手をかけて下顎に足をかけている。そして鼻の穴から前方が見える。とっても気持ちが悪い。自分で走った方がましだったのでは?
ちなみに少年は巨大な骸骨の手に掴まれている。今にも死にそうな顔をしている。
骸骨は僕達に振動を与えないためにか摺り足で恐ろしい速度で走っている。街道を子供を掴んで気持ち悪い走り方で疾走する巨大骸骨。ここはまだ王都から近いから何か問題になるのではないか?
「ジェーン、イザベル、ハッフーッ!」
懸垂で力尽きたレリーフが地上に落ちて後ろに転がって行く。それをもうどうでもいいやと思いながら眺めていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、あそこの小屋にオーガが……」
僕達は山の中に入り、壊れかけた小屋の前にいる。
「レリーフ、さっきのスケルトン、召喚してたがいいんじゃないの?」
「ん、あいつは戦闘では役にたたん。只の乗り物だ」
「嘘つけっ。なんかオークを蹴り殺してただろ!」
「そうだな、たまに有るだろう。馬車がオークやゴブリンを轢き殺したと言う話。それと同じだよ」
嘘だ絶対嘘だ。明らかに蹴り殺していた。多分さっきのスケルトンは軽くドラゴンくらいの強さがあるのでは?
「ラパンさん、勘弁して下さい。骨はもう見たくないです……」
まあ、少年がそういうならしょうが無いか。
「そんな事よりも、行くぞ筋肉を見に」
レリーフは小屋に向かう。僕達もそれに続く。本当にこんな王都の近くにオーガが居るのだろうか?
レリーフはなんの躊躇いもなく扉を開ける。彼は部屋に入り、僕達もそれに続く。
闇のなかのそりとうごく影。レリーフより一回り大きな影が立ち上がる。
「なんだぁ、お前ら勝手に人ん家に上がり込んで」
影が前にでる。筋骨隆々、額に1本の角。それは前に出て来て光に晒される。オーガ、立派なオーガだ。剥き出しの上半身に皮の腰巻き。なんかザップみたいだな。
僕は武器を出そうとするがレリーフが制して前に出る。
「ここは、僕の僕の小屋だ!」
少年が後ろから叫ぶ。
「ハーッハッ、餌が自ら来たようだなお前ら全員喰ってやる!」
オーガが歯をむき出して笑う。
「ほう、なかなかの筋肉だな。お前の筋肉の声を聞かせてくれ」
相変わらずレリーフは意味不明だ。会話が全く成立してない。
「冒険者か?ぶっ殺してやる!」
オーガは問答無用でレリーフに殴りかかる。
ボムッ!
なんか柔らかいものを殴ったみたいな音がする。オーガは顔面を殴った筈なのに、その拳はレリーフの大胸筋に当たっている。レリーフが逸らしたのだろう。
「さすがだケイト。いい仕事をする。お前の筋肉は見てくれだけだ。お前の筋肉には愛がない」
レリーフは大胸筋をぴくぴくっとさせながら声を張る。この人一応魔道士だよね。オーガの渾身の一撃を生身で受け止める魔道士とか聞いた事が無いよ。
「これが愛だ!いけ!ジェーン!」
レリーフが吠え、その右腕が振るわれる。山のような力こぶがオーガの顔に叩き込まれる。オーガはそこで一回転して床に叩きつけられる。その頭を掴んでレリーフがオーガの身を起こす。
「お前の筋肉は天然だ。人は大地を耕し作物を育てその恵みを口にする。お前の筋肉を耕してやる。努力と根性と豆とミドルポーションでお前の筋肉を愛情に昇華してやる」
なんか訳の分からない事を言いながら、レリーフはオーガの口に青色の液体を流し込む。
「俺を癒して、馬鹿かおめーは」
オーガが口を開く。
「まずは腕立てだ」
「そんな事するか馬鹿」
レリーフはオーガを殴る。吹っ飛ばされてピクピクしてる。それにまた青色の液体を飲ませる。
「グハッ!なんなんだ」
「まずは腕立てだ」
「なんでだよ。グボッ……」
レリーフ飲ませる青色の液体。
「まずは腕立てだ」
「するかっ!ボボッ……」
レリーフ飲ませる青色の液体。
「まずは腕立てだ」
レリーフは言うことを聞かないオーガを調教しつづける。殴る。ポーション。殴るポーション…………
「ご主人様!腕立て伏せ最高っす!いやー、最高だな。ヒャッホー、腕立てサイコー」
しばらくして、最高の笑顔で腕立て伏せする生き物が誕生していた。
「すまんが、ラパン、俺はしばらくここに残る。パーティーメンバーに言づてを頼む」
どうやらレリーフはしばらくオーガを鍛えるみたいだ。
「ありがとうございます。おかげでオーガも大人しくなりました」
少年は僕に頭を下げる。これって解決したって事でいいのかな?
僕は疲れたので王都に帰った。
約1ヶ月後、まだレリーフが帰って来ないと言うことで、『フール・オン・ザ・ヘル』のパーティーリーダー、デュパンさんに頼まれて少年の村まで案内する事になった。
山だった所の中央の道を登って行くと山の頂上には石の台座が設えてあった。そこの前で腕立て伏せしてる。黒いマッスルが一体。
「ケイト、スザンナ、ケイト、スザンナ」
ブレない奴だ。山だった所はすべて見事な棚畑になっている。そしてチラホラ見え隠れするマッスル達、オーガを始めとしていろんな種族がいる。マッスルの聖地なのか?
「おい、レリーフ帰るぞ」
デュパンがレリーフに声をかける。
レリーフは立ち上がるとタオルで汗をぬぐう。
「すまんすまん、なんかしらんがオーガ達に王と崇められてな。いろんな所から同志もあつまってきた。とりあえずそろそろ王都に帰るか。おーいジョシュア」
「はーい、レリーフさん」
肉団子みたいなものが走ってくる。なんか見た事がある。そうだ、オーガを倒してくれって言った少年だ。見るも無残なマッスルになっている。レリーフにやられたのか?子供なのに……
「あとは頼んだぞ」
「はい、あとは任せて下さい」
少年とレリーフは固い握手をする。
僕達はマッスル達に手を振られながら、まるで棚畑で祭壇のようになった小山を急いで後にした。正直少しでも長くてここにいたら、僕もマッスルになりそうで怖い。