姫と筋肉と筋肉
「闇よ、深淵よ、這い入ずる者よ、我に力を与え給え『死者との会話』」
低い唄うような声が響く。まるで鬼のような筋肉の鎧を身に纏った男、ダークエルフのレリーフの右手に漆黒が収束する。その漆黒は僕がテーブルに置いた指輪に吸いこまれていく。
そう言えばこの前は無詠唱だったのに、レリーフさんは今日はなんかブツブツ言っていた。けど、意味分からない言葉だったので多分雰囲気作りだったのだろう。
しばしギルドの喧騒だけが僕の耳に届く。
「残念だが、生きている」
レリーフは無表情のまま口を開く。
「残念じゃないよ、生きているって良いことじゃない。それで何処にいるの?」
「私に聞こえるのは死者の声のみ。生者の営みは範疇に無い」
「要は分からないって事だね。まあ、生きてるって事を伝えるだけでいいか」
ぼくの名前はラパン・グロー。冒険者だ。最近はみんな忙しくてボッチ率が高い。もしかしたら嫌われているのではと思い始めた今日この頃。
今日は馴染みの町のギルドで受けた人探しの依頼が難航して、もしかしたら亡くなっているかもしれないと思いレリーフさんを尋ねた。
レリーフさんは死霊術士亡くなった者の霊魂と話が出来る魔法を使える。探している人の持ち物だった指輪を持って王都のギルドにやって来たら、レリーフさんも丁度1人だったので、協力をお願いした次第だ。レリーフさんのパーティーは今日は休日でゆっくりしていたそうだ。それにしてもレリーフさんもボッチ率高いな。今日は運良くレリーフさんは筋トレをしていなかった。けど、うっすらとかいた汗から行為の終わった後だと推測される。絶対に今日は『筋肉』の話はしない。僕は心に強く誓う。
「誰か助けてくれませんか!」
レリーフさんの魔法が不発に終わった所で、ギルドに1人の少年が現れた。
「村に鬼、鬼が現れたんです。お金はあまりありませんが助けてくれませんか?」
たまにギルドを通さずに直接依頼をするものがいる。時間やギルドを介するお金が無いんだ。基本的にそういう直接依頼は厄介な事が多いから普通は受けない。しかも鬼。鬼は討伐難易度に反して売れる素材が少ない。
誰も少年に見向きもしない。
「そうだよね、誰もあんな凄い筋肉の化け物とは戦いたい訳ないよね……」
少年の独り言と思われる言葉にレリーフさんは耳をピクつかせる。レリーフさんは立ち上がり少年の方へ向かう。
「筋肉、筋肉がどうかしたのか?」
レリーフさんは怯える少年の両肩を掴む。
「うわ、こ、ここにもオーガが……」
「レリーフさん、離してあげて下さい。怯えてますよ」
レリーフさんは少年から手を離す。
「君、この人はオーガじゃないよ。よく見て、角も無いし耳も尖ってるでしょ」
少年はコクコク頷く。
「少年、先ほど『凄い筋肉』って口にしなかったか?」
あーあ、駄目だ、多分この人はもう止まらない……
「はい、オーガの筋肉は凄かったです」
少年は怖ず怖ずと答える。
「ほーう、凄い筋肉か。それは見てみたいな。少年そこに案内しろ」
斯くして、僕達はオーガの筋肉を見に行く事になった。依頼内容や報酬の話には一切耳を傾けず、レリーフさんは『筋肉を見せろ』の一点張りだ。
帰ろうかと思ったけど、レリーフさんを1人にするのは危険な気がしたので、気が進まないけどついて行くことにした。