組み手
「では、まずはザップさんとマイさんいってみましょうか」
デルの言葉に僕とマイは立ち上がり正対する。拱手、握った手をもう片方の手で包み込み目の前まで上げるここでの挨拶を交わすと僕達は構え対峙する。
今日は久しぶりのデル先生の格闘技講座。メンバーはいつメン、僕、マイ、アン、マッスル黒エルフのレリーフと子供族のパムだ。
みんな格好は同じで白い道着に黒い帯。今日はなんと屋内だ。
久しぶりの訳もそれで、町の中の個人の剣術道場の場所を借りている。
最近は肌寒くなってきたのだが、デルは外で全く問題無いと言っていた。それに異を唱えたのは寒がりドラゴンのアン。アンはデルに頼み込んでここを見つけたと言う次第である。
床や壁は板張りでヒンヤリしているが、何故か道着を着たら寒くは感じない。気分の問題だと思うが気合が入るからだろう。
けど、今の季節、大地に裸足は勘弁して欲しい所だったので、少しだけ嬉しい。
基礎練習と柔軟体操で体を温めたあと、今日は組み手を行いその問題点をデルがアドバイスするということになった。
今や僕らも黒帯、一通りは教えたはずだとデルは言う。
「ここは、借り物の道場だから大事に扱って下さいね」
デルが僕達に声をかける。
「フラグなのですか?前フリなのですか?ご主人様とマイ姉様ですよ」
アンが失礼な事を言う。
「おい、何言ってやがる。俺たちは紳士と淑女だ。良識くらいはわきまえている」
「『モンキーマン』、『首狩り』。とーっても、紳士と淑女にふさわしい二つ名ですね」
「アンちゃん、覚えときなさいよ、ザップの次はあなたよ」
僕は少しカチンと来た。マイ、僕に勝つ前提で話してるのか?
「おい、マイ、俺に勝てると思うのか?しょうが無い。本気で行くぞ」
「わかったわ。ザップが家でゴロゴロしてる時だってあたしはいつもいつも修業してたのよ」
「待って下さーい!」
デルの叫びを無視して僕はマイに向かって跳び込む。メシッって音がしたけど無視だ。さすがにマイを殴る蹴るは出来ない。掴んで投げるか、固める。全身の筋肉に力を入れながら右手でマイの左手の袖を掴む。
バシュッ!
マイが僕の前足を刈り、僕はバランスを崩す。けど想定内だ。何があっても右手は離さずに寝技に持ち込む。僕は転倒しそうになるが、マイも僕に引きずられる。
「タァーッ!」
マイは足を踏み込み強引に僕を背負い投げに持ち込む。その時マイの足が床板を踏み抜いたように見えたが気のせいだ。右手の関節を決められながら投げられそうになるが、右手は腕力でマイの袖をつかんで伸ばしたままだ。マイは強引に投げるが、その瞬間地面を思いっきり蹴る。僕は飛んで行くがマイを離さない。僕に引っ張られてマイも飛んでいく。
「キャア!」
マイから軽く悲鳴が漏れる。
ドガッ!
僕は壁に当たるがそれが狙い。地面に落ちるなりマイを抱きしめ押さえ込む。
『縦四方固め』
仰向けになったマイの頭を僕の胸で抱き締め両手で帯を掴みマイの腕を殺している。僕はマイのお腹に顔を埋めている。男のロマンの技だ。体の柔らかいマイはこの体勢でも僕を蹴りつけるけど、押さえられてるので威力は無い。
しばしマイは抵抗するが、僕はびくともしない。
「ザップ、参りました」
僕はマイを解放する。
「フッ、力が正義」
僕は立ち上がりデルの方を向く。
「2人の課題は、もっと良識を学びましょう」
うっ、そうだ、ここは屋内なのに暴れすぎた。最初に釘を刺されていたのに。
デルが溜息をつく。床に空いた穴と、壊れた壁を見た後に。