今日はしゃぶしゃぶ
「今日の晩ご飯は『しゃぶしゃぶ』だから楽しみにしててね」
「ああ、わかった。『しゃぶしゃぶ』だな。ありがとう」
マイは買い出しに出ていった。
ここは自宅のリビング。今日は休みと決めてゆっくりしている。最近働き詰めだったし。
残されたのは僕とドラゴンの化身アン。もう1人の家族、子供族のジブルは今日もお仕事だ。
今は本を読んでいた。おかげで、マイが言った事を理解するのに少し時間がかかってしまった。
ところで『しゃぶしゃぶ』って何なんだろう。何となくそこはかとなく背徳的な響きがある。食べ物、良い物である事はマイの口ぶりから解ったが、聞きそびれてしまった。
「アン、『しゃぶしゃぶ』って何か解るか?」
「ん、ご主人様、私も知らないですよ。何となく『ジャブジャブ』に似てるから、水を使ったものっぽいですね」
アンが知らないって事は、有名な料理じゃないか、比較的新しい料理なんだろう。
「そっか珍しいな、お前も知らない料理なのか、じゃあマイが帰って来たら聞こう」
「そうですね、1つだけ確かな事は、美味しいものと言うことですね。多分、肉ですよ肉!」
「そだな、楽しみに待つ事にしよう」
僕はまた本に目を移した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「マイ、『しゃぶしゃぶ』ってなんだ?」
帰って来たマイにすぐ問いかける。
「えー、ザップ、知らないの?しょうが無いわね、そう言えば今までした事無いわね。焼き肉ばっかりしてたから、今後はたまには『しゃぶしゃぶ』しましょ」
「それで、マイ姉様、どんなものなのですか?」
アンは食べ物の事なので、積極的に会話に入ってくる。
「んー、最近王都で1番人気の鍋よ、じゃ後は食べてからのお楽しみね」
そうだな、始めて食べるものだから、説明されても想像できないだろう。
「ああ、何をすればいい?指示を出してくれ」
僕はワクワクしながらアンと一緒にマイの手伝いをした。とはいっても準備は少なくすぐに終わった。そうこうしてるうちに導師ジブルも帰って来た。
「「「いただきます」」」
テーブルの上には簡易魔道コンロがあり、その上には茶色い液体をたたえた鍋が軽く沸いている。
「では、皆さん見ていて下さい」
マイは箸で薄ーく切った生の豚肉を持ち上げる。
「この出汁はお茶に昆布という出汁を出す海藻を入れたものです。お肉をここにくぐらせて、ピンクよりすこし色が入ったくらいがおすすめですので、ここで上げて好きなタレで召し上がってください。タレはおろしポン酢、ゴマ、特製出汁醤油の3種類あります」
マイは肉をポン酢につけると、その肉を手を添えて僕に差し出す。え、食べろと言うのか?夫婦みたいで少し恥ずかしい。しはしの躊躇いのあと口を開けて肉を口にする。
うん、さっぱりとしたポン酢の味の後を肉の甘みが追いかけてくる。豚肉なのに豚臭さが全くない。
「ま、マイ。とっても美味い!」
僕は衝撃に包まれながら、口を開いた。
「ご主人様、また駄洒落ですか?それより、私もいただきます!」
「これが王都で人気の鍋、ジブルいきます!」
アンとジブルも肉を鍋にくぐらせる。そうか、これが『しゃぶしゃぶ』か。鍋でしゃぶしゃぶするから『しゃぶしゃぶ』なのだな。よし、僕もしゃぶしゃぶだ!
そして僕らは集中して無言でしゃぶしゃぶし始めた。本当に美味いものは人を無口にする。口になんか入ってたら喋れないからだろう。
ゴマだれも出汁醤油もどれも美味しい。けどやはりポン酢が頭1つ抜け出ている気がする。僕の中では。
「まとめていきます!」
アンが肉をごっそりと鍋に入れる。
「アンちゃん、気持ちは解るけど、いっぱい入れたら美味しく無くなるわ」
僕とアンは大量投入された肉を口にする。ぽそぽそしててさっきまでの感動が無い。しかもすこし豚臭い。
「すこし面倒くさいけど、一枚一枚丁寧にお湯をくぐらせるから美味しいのよ。大量に入れると温度が下がるから表面が固まりにくくなって旨味が逃げてしまうのよ。美味しい『しゃぶしゃぶ』を食べるためには美味しい『しゃぶしゃぶ』の食べ方を知らないとなのよ」
「はーい、マイ姉様、料理って奥深いのですね」
アンは食べ物の事に関してはとても素直だ。
そして僕達は初『しゃぶしゃぶ』をお腹がいっぱいになるまで愉しんだ。
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