森人と巨人
「それでは、いきます。しっかり見ていて下さい」
エルフの格闘家デルは軽く右手を上げると、ゆっくりと巨人に向かって歩き始めた。
ここは王都と東方諸国連合の国境の近くにある、『巨人の迷宮』と呼ばれてる所だ。食べ物になるものは無く、水場、安全地帯も無く、さらにドロップするのもほぼ巨人の武器というお金にならない迷宮で訪れる者はほとんどいない、不人気な迷宮だ。
ここに何をしに来ているかと言うと、数日前僕達の格闘練習を見てた妖精のミネアの一言が原因だ。
「あんた達、ばっかじゃないの?そんな人間相手の戦いの練習したって、例えば相手が巨人とかでっかい奴だったら全く役にたたないじゃない。無駄、無駄、無駄よー!」
その言葉にいち早く反応したのは当然デル先生。
「ミネア、そんな事は無いわ。ミネアからしたら周りはみんな巨人かもしれないが、格闘技はどんな時にでも役立つ。人生においては食べ物と同様に大切なものよ。今度それを証明するわ」
そう、優しく諭したデル先生の目は妖しく光っていたのを僕は見逃さなかった。
そして数日のリサーチでいつでも巨人を狩れる所と言うことでここを訪れた。ここまでの露払いは黒エルフのレリーフと子供族のパムが勤めて、活きの良いフロアボスの巨人が生け贄に捧げられる事になった。
今日のメンバーは、いつメンの僕、マイ、アンとレリーフとパム。それに妖精ミネアだ。
巨人は『嵐の巨人』5メートル程はあるのでは無いだろうか?それに向かって道着姿のデルが歩みを進める。巨人がデルを視界に入れる。
「ウガァアッ!」
デルに向かって巨人は走り、丸太のような右腕を振り上げる。
「まずは、自分より大きい者に対しては末端を攻める。相手の攻撃してきた部位を破壊する」
デルは前に出ながら拳をかわしながら、そこに一撃を与える。えぐっ、巨人の手にデルの手、のめり込んだぞ!
「足を破壊したら攻撃しやすくなる!」
デルはショートアクションの前方宙返りから、巨人の右足の甲に着地型のドロップキックを放つ。それも足がめり込んだように見える。
「ギャアーーーッ!」
巨人の悲鳴がこだまする。
「巨人も人間も体の構造は一緒だ!」
巨人は潰された傷みの反射でか右足をあげる。デルは深く身をかがめその足をとり、もう片方の膝に叩きつける。あ、膝カックンってやつだな。巨人は膝をつき、前に回ったデルが強烈な左ストレートを巨人に叩き込む。
ブチブチッ!
巨人の方から変な音がする。右足を挟んだまま折り曲がった左足の膝から血が噴き出している。なんか骨のようなものとか筋のようなものとかが飛び出している。
えげつな!巨人相手にサブミッションを……
「グゥアアアーーーーッ」
巨人は苦痛の叫びを上げながら大地に横たわる。
「楽にしてあげます。頭頂部は全ての生き物の弱点です」
ドゴン!
デルが巨人の頭の方に回ったと思ったら鈍い音と共に巨人の声はしなくなった。
「こんなもんですかね」
デルは胸襟を正しながら僕達の方に帰って来た。エルフ怖ぇ。誰一人呆気に取られて口を開かない。
「あ、あのぅ、デルさん、今度、妖精の国にも指導に来ていただけないでしょうか」
妖精が口を開くが、明らかにびびってるな。
「いいですよ!」
デルは屈託の無い誰もが心を奪われるような笑顔でミネアに答える。
巨人を秒殺したあとにこんな顔ができるこいつは、問答無用で天元突破したサイコパスだと僕は確信した。