昔の仲間への恩返し
『お帰りなさい。遅いですよ、お客様お待ちですよ』
風に乗って囁きが聞こえる。
僕とマイとアンがひと仕事終えて帰宅すると、家のリビングには小さな骨一体と浮浪者2人が茶をしばいていた。
ここは地獄か?
昔、子供の頃寺院で見た、地獄で責め立てられる亡者たちを見ているようだ。手にしたカップが無くてここが外とかだったら。
空のカップを口につけてなんか飲んでるふりをしている骨と、ガリガリに痩せこけた、ずだ袋に穴を空けたような汚い服を着た女性2人が茶を飲んでいる。2人はさっき見たときより心なしか血色がいい。
「「お帰りなさいませ」」
女性浮浪者たちが机に頭をこすり付ける。
「あ、さっきの人達?どうしたんですか?顔を上げて下さい」
マイが2人に優しい声をかける。マイは優しい。弱い者や動物とかを見るとほっとけないたちだ。
「マイ姉様、そんな奴らほっといたがいいですよ。そいつら昔ご主人様を迷宮の底に突き落とした『ゴールデン・ウィンド』って言うクソパーティーの2人ですよ」
おお、アンが固有名詞を覚えていた。よく『ゴールデン・ウィンド』って覚えてたもんだ。
「ええーっ、あのいけすかなかったけど、綺麗な女の子たち?」
マイの目が驚きに見開かれる。
『まじですか?あの大陸最強とうたわれたパーティーの2人、もしかして大陸一の魔女と稀代の聖女ですかぁ?』
骨が囁く。面倒くさいけどそろそろ一応つっこむべきだろう。
「それで、ジブル、なんで今日は骨なんだ?」
「それはですね、あんまりこの方達が痩せてるので、自分が少し恥ずかしくなって……」
なんかいまいち訳判らないけど、話がすすまないのでそういう事にしておこう。小さなスケルトンは魔道都市の導師ジブル。うちの居候だ。彼女は見た目幼女のスタイルから小さなスケルトンに変身するという全く役に立たないスキルを持っている。
「で、お前たちは何しに来たんだ?マイ、小金貨一枚づつくれてやれ」
「はい、ザップがそう言うのなら、美味しいものでも食べてね」
マイは苦笑いしながらポポロ達に小金貨一枚づつ恵む。
「用がすんだならとっとと帰ってくれ」
僕は扉を開けて退室を促す。
「ありがとうございます。では、帰ります………じゃなくて、あたし達は物乞いしに来たわけじゃなくて……」
惜しい、あと少しで追っ払えそうだったのに。それからマリアの立て板に水トークが始まった。
「…………と言う訳よ」
別に聞きたく無かったけど、ポポロとマリアのあれからの苦労話を聞かせられた。くどくて長かったので、アンとジブルはソファでいびきをかいているし、マイは色々家事をこなしている。
要約すると、勇者アレフはどっかに行ってしまって、悪名のために何処に行っても冒険者としての仕事は無く、戦士ダニーがいるうちはなんとかなっていたけど、最近ダニーがどっかに行ってしまって全く生活出来なくなってしまったそうだ。
まぁ、2人は生活能力皆無だったからな。戦闘以外は全て僕かダニーがしていたし。でも物乞いまで身分を落としても人様に迷惑かけて無い所は立派ではあるな。
「あなたたち、強いんでしょ、よく盗賊とかにならなかったわね」
マイも僕と同じ事考えてたみたいだ。
「何度もそりゃ強盗になろうと思ったわよ、けどあたしたち魔法職は魔力が切れたら無力だから掴まって奴隷落ちするだけよ。流石に犯罪奴隷になったら生きてける自身はないわ」
そうなのね、やっぱ打算オンリーか。死ぬよりは浮浪者を選んだだけか。けど、犯罪者になるのは時間の問題だったと思われる。
「そして、今、この町にアレフが来ています。王国第九騎士団の一員として。そして、九団は帰らずの森への遠征へ向かっている所です」
マリアが目をうるうるとして語る。けどなんかその涙が嘘くさいんだよな。
マリアの話によると、毎年秋になると王国第九騎士団は帰らずの森へと遠征を行う。王国第九騎士団は犯罪者のみで編成されており、勲功次第では社会復帰出来る。今、勇者アレフは犯罪者として掴まりその九団に属している。
なんとかアレフと話をすると、アレフは魔獣討伐とかで功績を挙げ、あと1回の戦闘で自由になれると言ってたそうだ。
そこで、帰らずの森への遠征。東方諸国連合との国境にあるその森は広く、かなりの魔物を有している。毎年秋に遠征して魔物の数を間引かないと冬に食べ物が無くなった魔物が溢れ出し近隣の町や村に被害を及ぼすと言う。
毎年、九団の遠征では数多の魔物の命と引き換えに半分以上の兵士を失っているらしい。
「普段のアレフだったら問題ないと思うんだけど、逃亡防止のために魔封じの首輪をはめていて、全く魔法が使えないの。あたしたち、アレフと一緒ならまたやり直せる気がする」
ポポロが僕の顔をじっと見つめる。眉毛無いと人間ってリザードマンみたいな顔になるんだな。まあ、ポポロの目が小っちゃくて離れているというのもあるが。
「私たちが、あなたにした事は許される事では無いと思うけど、私たちはその前に何度もあなたを助けたと思う。恩にきせる訳ではないけど、1回、1回だけ、私たちを助けてほしい」
マリアも潤んだ目で僕の顔をじっと見つめる。どんな美少女でも痩せすぎたらおんなじような顔になるんだな。僕はすこし可愛そうになってきた。
「そうだな、初めて会った時もアレフに助けて貰ったしな。服買ってもらったり、飯食わせてもらったりもしたしな……」
僕の頭に優しかった時の勇者アレフの顔が浮かぶ。
「では、ザップさん!」
ポポロが身を乗り出す。マリアもキラキラした目で僕を見ている。
僕は大きく息を吸う。
「だが断る!」
2人は目を見開く。
「むしろ断る!」
「断固断る!」
「絶対断る!!」
2人のがっかりした顔を見て面白かった反面、少し可愛そうにはなった。
「お前らは、何度、俺の命を脅かした?本当だったらお前たちは今はこの世に居なくてもおかしくは無い。にもかかわらずアレフを助けろだと?ふざけるなよ。最初に会った時だってお前らトレインだってあのあと陰で言ってたよな。俺の気が変わらないうちにとっとと消えろ!」
僕の放った怒気に怯え、ポポロとマリアは白目を剥くと泡を吹き始めた。だらしない奴らだ。
「マイ、こいつらを可愛がってやれ」
「はいはい、可愛がってあげるわね」
マイが僕に微笑む。ん、なんか勘違いしてないか?
僕は部屋に戻ったけど、あとはマイとアンとジブルが2人をいたぶってくれたと思う。