大陸一の魔女と稀代の聖女
「おら、お前、何度言ったら解るんだよ。生乾きの臭いがするじゃねーか」
土下座した僕を頭を魔法使いのポポロがぐりぐりと踏みつけ床に顔を押し付ける。
「口で言ってもわかんねーのは動物と一緒だ。動物は体に教えてやらないとな!」
可愛らしい声に相応しくない言葉を吐きながら、聖女マリアが近付いて来る。奴は聖女の皮を被った狂戦士だ。
ゴゴッ!
僕の脇腹に鈍い傷みが痛みが走る。
「ウゴゴゴッ……」
息が詰まり叫び声さえ上げられない。彼女は的確に体の筋肉が無い所を攻撃してくる。横に転がった僕の頬をポポロが更に踏みつける。これでもかと、鳩尾辺りをマリアが踏んでグリグリ踵に力を入れてくる。僕の位置からは奴らのパンツは丸見えだが、僕は何も感じない。
あいつらは獣だ。猛獣だ。
獣相手に欲情はしない。それにあいつらも間違い無く僕を人間として見ていない。僕がいても平気で着替えるし、脱いで体を拭いたりする。アレフやダニーの前では恥じらうのに……
洗濯物が臭い。そんな理由で僕は宿の彼女たちの部屋に呼び出された。ここしばらく天気が悪い日が続いたからしょうが無いのに。
僕は日々、そんな些細な事で彼女達にいたぶられ続けた。宿の従業員や他の冒険者達は美女2人に呼び出される僕を羨望の眼差しで見ていたが、僕の中には恐怖しかなかった。ポポロの消音の魔法で音は外には漏れなく、いたぶられても見える所にある怪我はマリアが魔法で治療する。
僕以外の前では、ポポロもマリアもとても優しい愛想のいい美女として通っていた。
懐かしいな、こいつら最高のクズだったな。記憶の中で1番新しい出来事を思い出した。
僕は思い出から現実に戻り目を開く。
僕の目の前にはその2人が土下座している。なんか最近昔の事をよく思い出すかと思ったら、予感的なものだったのか。
一時はこいつら絶対ぶっ殺してやると思っていた。甘いかもしれないが、勇者はいたぶってやったし、彼女らもローストして裸で放置してやったので、十分満足している。今はほとんど何とも思ってない。今、幸せだしね。
マイとアンの三人で仮設冒険者ギルドに向かってた所で懐かしい2人と遭遇した。彼女らは全力で駆けて来ると恐るべきスピードで土下座した。その動きは全くよどみない。こいつら土下座慣れしてるな。どんだけ土下座してきたんだ?
大陸一の魔女と呼ばれたポポロと、稀代の聖女と呼ばれたマリアが汚れる事を気にせず大地に頭をこすり付けている。2人とも痩せこけてほつれた汚い服を着ていて往事の面影は無い。
「ご主人様、踏んでもいいですか?」
アンがさらっと愉快な事を言う。けど往来でそんな事するつもりは無い。僕らの株が下がるだけだ。そういうのを計算してこいつらは人が多い所で土下座しているのだろう。
「ザップ様、お願いがあります」
ポポロが顔を上げる。化粧品を買うお金が無いのかすっぴんだ。まるでハニワのような地味な顔で僕を見つめてくる。眉毛が無いので少し怖い。すっぴんを知ってた僕だからポポロと解るけど、普通の人には別人にしか見えないだろう。
「助けて下さい。アレフを助けて下さい」
顔を上げたマリアが涙ぐみながら震える声で僕を見つめる。ガリガリに痩せていて目の下には激しい隈で、まるで幽鬼みたいだ。こっちも怖い。
今の僕達を知らない人が見たら物乞いに集られてるようにしか見えないだろう。
「これで勘弁してくれませんか?」
僕は小金貨を収納から出して一枚づつポポロとマリアの前に放り投げる。
「「ありがとうございます!」」
彼女らはまるで地を這うゴキブリのような素早い動きで小金貨を掴み取る。
「良かったわね。美味しい物でも食べてね」
マイが2人に微笑む。マイは間違いなく『ゴールデン・ウィンド』の2人だとは気付いて無いな。
僕達はその場を後にする。振り返ると、浮浪者たちは僕達に向かって土下座している。うん、いいことしたな。