金色の風は鈍色の風
自分の気分が最高の時は何もかも輝いて見える。幸福フィルターとでも言うのだろうか。
『ああ、不思議!
こんなにきれいな生きものが
こんなにたくさん。
人間はなんて美しいのだろう。
ああ、素晴らしい新世界、
こういう人たちが住んでいるの』
昔の有名な劇のセリフ。新しい母さんが何度も読み聞かせてくれた本の中の。確か孤島で暮らしていたお姫様が初めて沢山の人を見た時に言った言葉。子供の時は何も感じなかったけど、その時の僕の心に浮かんだのはその言葉だった。
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「おい、荷物持ち、自己紹介しろ」
僕の隣に立つ金色の髪のまるで物語から出て来た王子様のような美丈夫、勇者アレフが口を開く。ぞんざいな言葉使いだが、その顔に浮かぶ優しい微笑みが僕を勇気づけた。
僕は勇者アレフに導かれ、冒険者ギルドの右奥の、ここで最も優れた者達の指定席にやって来た。
目の前のテーブルには1人の男性と2人の女性がいる。今まで遠くで見る事しか出来なかった憧れの存在が目の前にいる。『ゴールデン・ウィンド』、この街最強の冒険者パーティー。これから僕もその一員だ。乾いた口の中から必死に言葉を紡ぎ出す。
「ザップ・グッドフェロー。荷物持ちですよろしくお願いします」
僕は勢いよく頭を下げる。
「俺の名前はダニエル・カッパーフィールドだ。ダニーでいい」
頭を上げると大男が僕の方を見ている。綺麗に剃り上げた頭に口の周りを覆う切り揃えられた髭。巨人族の血が入っていると言われても疑問に思わない巨躯だ。壁の男の手の届く所には巨大な大剣があり、僕はそれが振るわれた様を思い出す。嵐、まさに赤い嵐だった。
「よろしくお願いします」
僕はそそくさと頭をさげる。
「あたしはポポロッカ。魔女よ。ポポロでいいわ」
黒い尖った帽子に肩までしかないワンピース。胸元は大きく開いていて豊かな胸の上半分は見えている。下から胸を隠している布は今にも落ちそうだ。どうやって固定しているのだろう。あ、そうか魔法だろう。
それにしても綺麗な女性だ。遠くで見ると何も感じないが近くで見ると若干化粧が濃い気がしなくもない。白粉のようななんか甘い匂いがするのは気のせいだろうか?しばらく見惚れてぼーっとしたまま僕は頭を下げる。
「マリア。神官よ」
小柄な神官衣の少女だ。化粧っ気が無い幼さが残る顔に華奢な体。守ってあげたくなるような可憐な女の子だ。けど、その見かけに反してボディラインを隠すようなデザインの服を着ているのにも関わらず、胸が存在感をアピールしている。ポポロさんも美人だけど、マリアさんも綺麗だ。どっちが上かと言うと好み次第だと思う。
またもや僕は見とれてしまい、急いで頭を下げる。
「知ってると思うが、俺の名前はアレフ。アレフ・ペンドラゴンだ」
勇者アレフが僕の肩に手を置く。振り返ると近くにその顔があり、軽く微笑んでいる。
ゆっくり辺りを見渡し、僕の新しい仲間たちを眺める。みんな綺麗で生気に溢れ、1人1人がまるで物語の主役みたいだ。
それに反して、僕はこ汚く、十人並みの顔で疲れきっている。僕は本当にこのパーティーに入っていいのだろうか?
いや、僕は変わる。このパーティーにふさわしい人間になってみせる。そして、今まで見たことのないようなキラキラした世界で生きて行くんだ。そして英雄と呼ばれる者たちの一員となって、英雄譚で唄われるような人物になる。その時はぼくの周りの全てのものが輝いていた。
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「おら、急げよオメー、なんもしてねー癖にトロトロすんな」
「すみません、ダニーさん……」
ダニーの蹴りが僕の尻に刺さる。今は討伐依頼のあと街に帰っている所だ。何もしてないって言うのはひどい。『ゴールデン・ウィンド』に入ってもう一ヶ月はたっただろうか?
僕の仕事は荷物持ちのみならず、戦闘以外全てにわたった。炊事洗濯掃除買い物、討伐依頼対象の運搬など。しかもそれが少しでも遅いと殴ったり蹴られたりする。
『黄金の風』はまやかし、人前のみの姿で、実際はチンピラ達の集まりのようなものだった。人前では僕は大事に扱われていたが、人が居ない所では奴隷以下の扱いだった。
『鈍色の風』、実際は金メッキしただけの錆びた金属。それが彼らに対してのその時の僕の感想だ。だけど、強いのは確か。そばに居ることで絶対に強くなってみせる。当時の僕はそう信じ耐えていた。