戦士ダニー
人の訪れる事の無い山奥。熊にも見紛う1人の男が無心に剣を振るっている。禿頭に髭生した顔。はち切れんばかりに筋肉が発達した体をさらけ出している。大人の背丈程ある大剣を風を切りながら上下に振るっている。
「ザップ……まっていろよ……」
男は無意識に呟く。彼が剣の前に幻視している男の名を。
男の名はダニー。かつては大陸に名を馳せた『ゴールデン・ウィンド』という冒険者パーティーの一員だった。リーダーの勇者アレフが荷物持ちに敗れ、パーティーのメンバーは散り散りになった。ダニーは最後にザップに会った時の事を思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダニーは岩陰に身を隠し、ザップが近付くのを待っている。
(いい気なもんだ、女なんか侍らして)
遠くにザップが見える。楽しそうに話してるのがここからでも解る。ダニーの後ろにも美少女2人隠れてはいるのだが、彼女達の性格からダニーは女として見ていない。
街道のここら辺は身を隠すのに適した巨岩が多く、彼は何度もここで気に食わない奴らを血祭りに上げてきた。正々堂々など彼の頭には無い。勝てばいい。殺せば死人に口なし。どっちが襲いかかったとかは、当事者にしかも解らない。気配絶ちは完璧。ザップがキルゾーンに入る。
「ザップ!くたばりやがれ!」
ダニーは最高のタイミングで剣を振り下ろす。リーダーだった勇者アレフでもかわせないだろう。
にもかかわらず、ザップは軽く大剣の腹に触り、その一撃を横に流し距離を取る。
(嘘だろう、完璧だった。もしかしてザップは俺よりも強いのか?)
ダニーはザップのスキルに勇者アレフは負けたと信じていた。だから、近接戦では自分に部があると。
「あんな卑怯な手でアレフを倒したとしても、あたしたちは納得いかないわ。たまたま相性が悪かっただけよ!調子に乗るんじゃ無いわよ、荷物持ちの分際で!」
陰から出て来た魔法使いポポロは金切り声で喚くと巨大な火の玉を数発放つ。無詠唱、術後のスキも無い。ある意味ポポロは完成された魔法戦士だ。けど、ザップに近付いた火の玉は無かったかのように掻き消える。魔法の収納に吸いこまれたのだと襲撃者達は悟る。
「納得いかないのはこっちも同じだ!お前たちとは戦って無いからな!」
ザップが地の底から響いてくるかのような低い声で襲撃者達を威圧する。ダニーとポポロは悟る自分たちの手には負えないと。後ずさり逃げを視野に入れる。
ザップの手に凶悪な刺のついた球体が現れる。間違いなくダニーの両手持ち大剣より重いそれをザップは事もなげに片手で持っている。ダニーの心は折れそうになる。
「荷物持ち、生意気、殺す!神よ力を貸したまえ、フル・ポテンシャル!」
岩陰から現れた聖女マリアが、彼女たち3人に彼女最強の強化魔法をかける。ダニーはこれで気を大きくする。能力が倍以上に向上する聖女の支援を受けて勇者が居なくてもこちらは3人。しかもダニー程じゃないが他の2人も近接戦は強い。
「ザップ、手伝わなくていい?」
猫耳少女が巨大な斧を持ってザップの横に進み出る。
「大丈夫!俺の因縁だからな」
「ご主人様、私、手伝いましょうか?」
角の生えた小柄な少女も前に出る。
「いや、いいしっかり見とけよ」
ザップは2人の前に進み出る。
「かしこまりました、しょうがないですね」
角つき少女は緊張感無くその場に座り込む。
進み出るザップを見てダニー達は目配せする。3対3でなく、1人でザップは相手するらしい。他の2人の気が変わらないうちに瞬殺する。
ダニー達は自分達の最大攻撃をザップに叩き込んだ。
瞬殺されたのはダニー達の方だった。
手も足も全く出ずにボコられて装備を奪われた。
3人は下着姿で土下座している。
何をされたのか解らなかったが、手加減された事だけは解った。
そのあと背を向けたザップに向けて毒のついた暗器を振るい、くまなく全身を炎で焼かれて気を失った。『ゴールデン・ウィンド』は勝つためなら何でもする。3人とも仲良く暗器を隠しもっていた。何処に隠していたかは彼らにしか解らない。
そのあと気が付いて、裸で全身の毛を焼かれた3人が社会復帰するのはまた1つの冒険ではあった。
ダニーはこの時から、単純にザップが強いと言う事を認め、復讐ではなく純粋に強くなるために剣を振るい始めた。
『最強の荷物持ち』に少しでも近付くために。