忍者2号(後編)
「はい、かしこまりました。お酒は前金になりますのでお願いします」
ラパンが花のような笑顔で男達に話しかける。
「んあ、前金? んなもん領主につけとけ! 俺の名前はファウブル・ドルミンゴ、泣く子も黙る。9団の団長様だ!」
9団……聞いた事がある。王国第9騎士団。犯罪者を集めた騎士団で戦功をあげる事で極刑を免れた者達の集まりだ。強いけどモラルが無く監獄と軍を行き来してる者がほとんどだという。何故そんな輩がこんな町に来てるのだろうか?
『死巨人のファウブル』
9団の団長にして最強最悪の男。またの名を『ブタ箱の最強騎士』と呼ばれている。任務以外は監獄に住んでいて、何度も不可能に近い魔物討伐などに放り込まれているけど、ことごとく生還していると言う。前言撤回だ。本当に『ブタ箱の騎士』ならわたしでも足止めくらいしか出来ないのでは?
「すみません。うちはツケや掛けはしてないのですよ、お金が無いならお酒は出せません」
え、何言ってるんだラパンは……
何トチ狂ってるんだろうか。『ブタ箱の騎士』かどうかなんて関係ない。あいつは強い。素人がどうにか出来るレベルではない。大人しく酒出せよ!
それに客もおかしい。なにも起こってないかのように普通に飯食ってる。しかもたまに談笑とかしながら。
それにシャリーも普通に仕事している。テーブル拭いてる暇があったら、ラパンに助け船でも出せよ!
「んんっ! 何言ってるんだテメー、ふざけてんのか?」
ファウブルがラパンを睨みつける。これはいかん。わたしはその間に割って入る。柄でも無いのだが。
「すみません。騎士様、この娘わかってないんです。さぁ、ラパン、お酒持ってきて」
「パイ、その必要はないよ。お金を払ってくれる方はお客さん。お金を払わない人は無銭飲食。犯罪者だよ。おっさん達、冷やかしならとっとと帰りな」
ラパンはそう言うと、ファウブルの前に立つ。何煽ってんだよコイツは。わたしは闇の魔法を準備する。まあ、社会勉強で一発くらい殴られるのはやむなしか……
「このガキゃー、ふざけやがって」
ファウブルは立ち上がり拳を振り上げる。女子供相手にこいつはクソだな。一発ラパンが殴られたら彼女を連れて逃げる事にしよう。
来るべき未来に対してわたしは身構える。
けど、ファウブルの拳が振り下ろされる事は無かった。振り上げたファウブルの拳をラパンが人差し指1本で押さえている。嘘だろ、夢でも見てるのか? 2メーター程有る大男の攻撃を可憐な少女が事も無げに押さえ込んでいる。しかも、指先1つで……
「な、なんだぁ?」
「お金払って飯食ってくか、とっとと帰るか好きな方を選びな!」
指先1つで、ファウブルは押し返されている。
「団長!」
残りの3人が剣を抜き立ち上がる。この仕事荒事は無いって聞いてたような……
「大人しく座っててください。ここは食堂なんで、武器は帰る時に返しますね」
いつの間にかシャリーが騎士達の剣を手に回収している。ん、全く見えなかったぞ! そして椅子を押して無理矢理騎士達を座らせていく。
「お客様、それでお食事はどうされますか? 前金でお願いします」
「あ、ああ……」
ファウブルは拳を下ろし青い顔で椅子に座る。強さ故に彼我の戦力差を悟ったのだろう。わたしも見誤っていた。ピオンが敬語つかう訳だ。ラパンさんもシャリーさんも問答無用の化け物だ。今なら解る。実力差がありすぎて、わたしには彼女らの強さが図れなかったんだ……
ファウブルは手をズボンの中に入れてまさぐると、小金貨を一枚取り出した。これって何かあった時のためにパンツの中に隠しもってた奴なんじゃないか? ちなみにわたしも下着に1枚小金貨を縫い込んである。冒険者や暗殺者の生活の知恵だ。
「パイ受け取って」
「はいっ! ラパンさん!」
わたしは急いでトレイを持ってきてファウブルから金貨を受け取る。金貨を受け取って嫌な気持ちになったのは初めてだ。
そのあとファウブル達は借りてきた猫のように食事をしていた。まぁ当然だな。
そして仕事が終わった時には、わたしは今までの人生で1番疲れた気がした。