始めての外食
あたしの名前はマイ。冒険者だ。
あたしたちは今日はちょっとした記念日で隣の食堂で食事をしている。目の前にいるザップは綺麗に髭を剃って黒いパンツに染み1つ無いシャツ、捲ったシャツからのぞく腕はちょつとゴツいけど、ぱっと見商人や役人などの頭を使う仕事をしている人に見える。今は普通に外食とかしているけど、始めてザップとお店に入った時の事は今でも思い出す。
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原始の迷宮からやっと抜け出したあたしたちは、ここの西にある小さな村に向かう事になった。村に入るとザップはその格好から子供達にからかわれ、そのあと村の酒場に向かった。
ザップの格好はひどいものだ。ボサボサに伸びた髭と髪、着ているものは汚い腰巻きとマントだけ。気を付けないと腰巻きから何か変なモノが見える。ザップは噂に聞く野人とか蛮族とかにしか見えない。あたしはまだ実物は見た事はないけど。とは言っても、あたしもひどいものだ。服はあちこちが破けたのを補修して、ザップからもらったお揃いのマントを首からかけている。
こんな格好でお店に入るのを、あたしは少しためらったけど扉を開けて酒場に入る。
うす暗いカビのような臭いがする店内には、テーブルについた冒険者の1パーティーと、カウンターに店主と思われる老人がいる。店主はグラスを磨いていて、あたしたちを一瞥するとまたグラスを磨き始めた。やった。何も言われないって事はこんな格好でも入店オッケーって事よね。
冒険者達がこっちを向く。テーブルの上にはつまみとお酒。真っ昼間から仕事しないで何してるんだろうか?
ザップがひょいとあたしの後ろに隠れる。あたしは一瞬何が起こったのか訳が分からなかった。ミノタウロスやトロールを目の前にしても全く怯まなかったザップがあたしの後ろに隠れたという現実が受け入れられなかった。
冒険者の剣を帯びた男が立ち上がる。狼のような感じの顔で背が高い。気持悪い笑みを浮かべて少し千鳥足で近づいてくる。
「あれーっ! この汚え野人見たことあると思ったら、ゴミ箱のザップじゃねーか? なにしてんだ? ゴミ拾いか?」
その剣士はあたしをすり抜けザップの鼻先ぎりぎりまで顔を近づける。今、後ろから押したらチューしそうだ。けどそれはしない。けど、こいつ弱そうなくせにあたしのザップにゴミゴミ言っている。あたしは一気に頭に血が登るのを感じる。
「臭え、臭え、ゴミ臭え! 早く消えろクズが! 酒が不味くなる」
そう言うと剣士はザップにフーッと息吐きかけて、テーブルに戻っていった。
「なにあいつ、感じ悪すぎるわね、喧嘩売ってるのかしら、思い知らせてやるわ!」
あたしは剣の柄に手がのびる。
「いや、いいよ、実際あいつの言うとおりだし」
何を言ってるのだろうザップは、明らかにあいつは挑発してきた。けど、ザップがそう言うなら仕方ない。
テーブルには今の男以外に、ゴツい男と綺麗な女性2人が下卑た笑みを浮かべてこっちを見ている。カーッと頭が熱くなる。
「くんくん!」
アイちゃんがザップの隣に来て、においを嗅いでいる。アイちゃん近づきすぎ。少しイラッとする。
「確かにご主人様は前は臭かったですが、今は臭くないですよ。おい! そこのお前失礼な事言うなしっかり嗅いでみろ、むしろお前の方が臭いぞ、酒臭い!」
ゴツい男がゆらりと立ち上がり、ザップとアイちゃんの前にくる。こいつもデカイ。
「なんだお前は? よく見るといい女じゃねーか」
「ザップ、ゴミ袋からヒモにクラスチェンジしたの? お嬢ちゃんたちこんなクズ野郎引き連れてたら同類に見られるわよ! ゴミは焼却よ!」
女性の1人が軽く小石くらいの火のつぶてを出してザップにぶつける。もう許せない!
「ザップ! あんたたちやり過ぎよ!」
あたしは武器に手をかけザップの前に出る。
「おうおう、ねーちゃんやっちまったな! 武器に手をかけるってことはな、死んでも文句言えねーって事だ! 特上物二人か、今晩は楽しめそうだ! 親父、見てたな、先に手を出したのはあっちだ!」
背の高い男は声を荒げると立ち上がりあたしに向かって右手を上げる。かわして剣の腹で殴ってやる!
ゴツッ!
あたしの前にザップが飛び出して拳に突っ込む。なんで?
「いてーなー! くそ、殴り方が悪かった、手痛めちまった!」
大男は手を押さえて後ずさる。
ザップは全くダメージが無さそうなのに
、その場にうずくまり、手をついて頭を下げる。これって土下座ってやつ?
「すまない、その二人は関係ない勘弁してくれ……」
「始めからそうすれば良かったんだよ、クズが!」
大男はザップを蹴り始める。
「ザップ!」
「ご主人様!」
「来るな! 手をだすな!」
ザップの声はあたしが今まで聞いた事が無いくらい怒気に溢れている。
残りの三人も参加して、蹴る、踏む、火をつけるを繰り返す。あたしは痛いくらいに唇をかみしめる。見てられない。けど、ザップはそれを望んでいる。執拗なまでにそれは繰り返され、あいつらは疲れたのかそれはやっと終わる。
「ハァ、ハァ、ゴミ虫、これからはもっとゴミ虫らしくふるまえよ! ペッ!」
大男は僕のザップにつばを吐きかけると店を出て行った。三人もついていく。やばい、我慢できない。今すぐにでも追いかけてグチャグチャにしてやりたい。
「ザップ! 大丈夫?」
あたしは服で大男のつばを拭う。あたしのザップに1分1秒でもそんな汚いものをつけていたくない!
「ああ、問題ない」
「ご主人様、なんで?」
「あいつらと揉めたとしたら、一方的に俺たちが悪くなる。あっちは人気ある冒険者、俺は猿人間だからな」
ザップは今まで見てきて自分が悪い悪くないとかそんな事を気にする人間ではない。
あたしが……あたし達の立場が悪くならないために我慢したんだ……
「……ごめん……ザップ……」
「気にするな、親父、騒がせて悪かった。座ってもいいか?」
ザップはいつもの暖かい笑みを浮かべる。あたしたちはテーブルにつく。
店主はパンとなんかの煮込みを持ってきた。しかもあたしたちは困ってそうだから、お金はいらないと言う。
パンは岩のように固く、煮込みは少しの肉と後は根菜ばかりのもので美味しくはなかった。けど、あたしたちは一心不乱に口にした。久しぶりの食事、しかも始めてのザップとの外食、不味いけど最高に美味しかった。あたしはこの時の事を良くも悪くも一生忘れないと思う。