荷物持ちマルチョウを食べる
今日の僕達のご飯は焼き肉だ。何か特別な事があった訳ではなく、ドラゴンの化身のアンが最近の野菜多めのご飯に憔悴し、そのたっての希望で焼き肉になった。
家の広めの庭に、夜の闇を打ち消す魔法の灯りがフワフワと浮かび、その下には筒を縦に輪切りにしたようなバーベキューコンロが4つの足で立っている。その中には焼けた炭が敷き詰められていて、『パチン』とたまに爆ぜる音がする。コンロを囲んでいるのは、僕とマイとアンと魔道都市の見た目幼女の導師ジブルだ。コンロの隣に置いた机には切った野菜が置いてあり、まだ肉は無い。マイ言うには随時魔法の収納から出して行くみたいだ。
僕達はまずはマイがコンロの上の網で焼いた野菜共を口に入れていく。野菜を先に食べてから肉を食べると太りにくいとマイは言っているが、勘弁して欲しいものだ。
よく食べ物について好物を先に食べるか後に食べるかの議論になるが、僕は最初に好物を食べて最後にも好物を食べるサンドウィッチ派だ。もっとも好きなものしか基本的に食べないというわがまま派なアンの為に、僕達は楽しみの前に草を食む苦行を乗り越えないといけなくなっている。だが、殊に食事に関しては僕達に発言権は無い。マイに従うしか無い。とは言っても、マイが焼いた野菜はすこぶる美味しい。特に炭焼きにおいては、僕達との違いを遺憾なく発揮する。何度コツを聞いても差が埋まらない。
「おおおおおーっ!肉、肉、肉ですね!」
網の上に並べられた肉を見てアンが吼える。心なしかやたら目がキラキラしている。ていうか潤んでいる。嬉し泣きか?
けど、アンはコンロの肉に触れる事を許されてていない。それを許可するといつも焼き肉ではなくなる。最初のうちは大人しく肉を焼くのだが、我慢出来なくなり少し焼くだけになり、最終的には生肉を食し始める。
「アンちゃん、お腹壊してもしらないわよ」
「え、私、ドラゴンですよ、生肉ごときでお腹壊すと思いますか?」
その言葉に何も言い返せる者はなく、真似したジブルがトイレにこもったのは記憶に新しい。
そして、『焼き肉』を楽しむために、アンは食材に触れる事を禁止された。けど、全部マイが焼いてくれるのでまんざらでは無いみたいだ。
僕も大概腹が強い方だが、アンには負ける。奴は、酸っぱくなった肉や腐りかけたものだけでなく、もう完全に食料止めたようなものを口に入れてもケロッとしている。多分、今までなんでもかんでもこの世に存在する汚いものも口にしてきたのだろう。それで耐性がついているのだろう。そこら辺の泥や砂を食べても問題ないんじゃないだろうか?
マイが焼いてくれる最高に美味い肉を食べながら僕達は至福の時間を過ごす。
外にはどうしても蚊が沢山いるので、ジブルが常時風の魔法を発動している。これによって涼しいだけでなく、蚊が僕達にとまる事が出来ないので刺される事がない。
「何だそれ?」
網の上にでっかいミミズみたいな物が置かれている。肉というのは判るけど、初めて目にするヤツだ。太さはちょうど僕の口にだすのもはばかられるものの通常形態くらいあり、色も似てる気がする。けど、僕はジェントルマン。食事中に下品なセリフは吐かないのだよ。
「ザップ、それはマルチョウです。牛の小腸をひっくり返したものですよ」
ジブルがブツをトングで持ち上げてフルフルしている。幼女にはさせていけない行為に見える。
「今日はインパクトあるから、そのまま焼いてるわ。けど、長すぎるから切るわね」
マイはハサミを出して、トングでブツを切ろうとする。なんか背筋が寒くなる。
「い、痛そうだな」
「ザップ、なんか違う生き物に見えるけどホルモンだよ。痛くないと思うわ」
マイが苦笑する。危ない、ついつい思った事が口から出た。勘違いしてるみたいで良かった。
「なにが痛そうなのかなー?」
ジブルの目がキラキラしている。やっぱりこいつも同じ想いみたいだ。さっきのフルフルは確信犯か!
「ご主人様、先っちょの方からなんか白いものが出てきてますよ!」
うん、マルチョウ君から何か染み出している。アンは天然だ。天真爛漫悪意無しだ。
「マイさん、もう食べられますかね?」
「中の脂が溶けたら、美味しく食べられるわ」
ジブルに応えてマイはトングでブツをウニュウニュする。出来れば素手でして欲しいものだ。違うって。
マルチョウ君は火が入ってきて、少しづつパツパツになってきた。なんか大きくなりかけた口に出すのもはばかられるものみたいだ。
「もう大丈夫よ」
「いただきます!」
マイの許可が出てアンがトングで一番長いマルチョウ君を掴んで口に入れ噛み千切る。
ブシュッ!
マルチョウ君からほとばしった白い液体がアンの顔を汚す。そしてハフハフ言いながらアンはブツを飲み込んだ。
「熱い、熱いですね。濃厚でとっても美味しかったです」
右手にトングでブツをもち、左手でかかった液体を拭って口に運ぶ様は、決して美少女がしてはいけない行為にしか見えなかった。
「マイ、マルチョウ、全部切るね」
「うん……」
顔を真っ赤にしてマイは俯いている。流石に鈍感なマイでも連想したみたいだ。
「ザップ、ソーセージサイズにしましょう」
「黙れ…」
僕はジブルをスルーして、少し背筋に寒気を覚えながらマルチョウ君を一口サイズに切り分けた。
口に運ぶと、中には甘く濃厚な脂が入っていた。美味しい。正直美味しい。見た目は置いとくとして、僕達は満足した。
なんだかんだでリアクションが面白かったので、今度は違うメンバーでもいいかもしれない。
切ってないマルチョウ……
それには確かに漢のロマンが詰まっていた。