古竜魔法シルメイス
「今度は手加減しませんよ」
目の前の椅子に座った青い服に青い髪の女性が立ち上がる。この世のものとは思えない整った顔。そこには、憂い悲しみのようなものを何故か感じさせる。
シルメイス。
水を操る能力を持った古竜の変身した姿だ。
彼女はゆっくりと歩き始める。その姿がぶれ白い光が弾ける。
馬鹿なのか?
目の前の光が輪郭を取り白銀色の竜の形を成す。
ドゴーーーーーーーーーーーーン!
僕の愛用のハンマーがドラゴンの頭を打ち砕く。
何わざわざ敵の前で変身してるんだ。しかも馬鹿だろ。古竜シルメイスの能力は水の操作のはず。水の無い所では丘に上がった魚同然だ。変身で硬直して能力も使えない。そんなチャンスをみすみす逃す僕では無い。
確かな感触が手に残り、ハンマーが突き抜ける。竜の巨体は弾け大量の水となり降り注ぐ。なんだ?偽物?
「まさか、私の分身が一撃とは……」
水が盛り上がって人の形になる。そして言葉を紡いだ。
「なんか釈然としませんが、私を倒したのは事実。そうですね、あなた方の1人だけに私の加護をあたえましょう」
びしゃっ。
言いたい事だけ言うと、シルメイスはただの水に戻った。その後に光輝く魔方陣を残して。
僕は自分の目的が達成された事により自然に頬が緩む。
僕達が今いるのは、海淵の迷宮の地下10層。
臨海都市シートルの南の海中に入り口があるのと、あとやたらめったら罠があり、正直面倒くさかった。忍者のピオンを仲間に迎えた事で探索ははかどり、なんとか区切りのいい地下10層まで進む事が出来た。
メンバーは僕、マイ、ドラゴンの化身アンと、水中呼吸の魔法が使える導師ジブル、それに忍者ピオンだ。この迷宮は入りるのに骨を折るのと、やたら固い魔物が多くしかもドロップがしょぼいという費用対効果の低さで人気が無い。むしろ、来てる冒険者は僕達だけだった。
ここに主に生息する巨大海鮮系の魔物は嵩張るだけでなく、食料としては足が早くお金になりにくい。
入れた物が劣化しない魔法の収納を持つ僕らに限っては、ここの魔物を鮮度がいいまま保存できる。
しかもそれらは貴重な食品として王都ではべらぼうな値段で売れるので、なかなか実入りがいい。
巨大マグロ、巨大タコ、巨大イカ、巨大カニ、巨大エビなどが収納の中にすし詰めで、結構な収入が見込める。けどその前に海辺で夏を見送るバーベキューをしてやる予定だ。
それは置いといて、何でこんな面倒くさい所に来てるかというと、多分ここの迷宮には古竜シルメイスが封じられていると思われるので、討伐や説得などして、彼女の持つ古竜魔法を手に入れたいと思っていたからだ。
シルメイスの古竜魔法は十中八九、水の操作。それをゲットしたらカナヅチライフとはおさらば出来るだろうという寸法だ。なんか格好悪いから誰にも言ってはいないけど。
水を操るのは男のロマンだ。波にさらわれたように見せかけて女の子たちの水着をずらしたり、熟練したらシルメイスみたいに水の上を歩いたり出来るだろう。
目の前にはシルメイスの残した魔法陣がある。仲間達が駆け寄って来る音がする。多分、魔方陣を踏んだら古竜魔法を手に入れられるのだと思う。僕は魔法陣に近づく。
「まって、ザップ、もったいなくない?」
マイが後ろから問いかける。何言ってんだ?
「ご主人様、古竜魔法は1人1つしか取得出来ないって話ですよね」
ん、アンは確か古竜、なんで自分に関係ある魔法についてあんまり知らないのか?
「はい、そうです。古竜魔法は絶対能力を持ってます。強力な代わりに手に入れられる竜の加護は1つだけ。水を操るっていうのは強力ではあるけど、ザップの攻撃力の直接強化にはならないと思います」
ジブルがギラギラした目で僕を見ている。その目がシルメイスの古竜魔法は自分に相応しいと物語っている。ジブルの言う事は確かに一理あるが、それよりも僕はカナヅチを卒業したいんだよ!
「ザップ、罠はないみたい」
魔方陣の前で四つんばいになって忍者のピオンが地面擦れ擦れに顔を近づけて観察している。黒装束のズボンがずり下がってお尻が半分見えている。なんていうか、無防備だよな。
「ピオン、お尻っ!」
マイが不機嫌そうな声を出す。ピオンは慌ててお尻を押さえる。
「えっ?あっ、触っちゃった…」
ピオンの口からいつもの抑揚が乏しいのでは無く、可愛らしい声が漏れる。そして、その体が光に包まれる。むぅ、今のは事故なのか?故意なのか?
「「ああーっ!」」
僕とジブルがハモる。せっかくの古竜魔法が残念忍者の手に……
「ザップ、ごめん」
ピオンの目から大粒の涙が。
「気にするな。お前かジブルに取得して貰おうと思ってたしな」
僕はピオンに手を振る。けど本当はカナヅチ治したかったのに……
ピオンの頬を涙が伝ったけど、なんていうか涙が自分で動いているように見えた気も……便利だな古竜魔法……