組み討ちの禁じ手
「今日は久し振りに柔法を練習しようと思います」
髪の毛を後ろに1つに束ねた、エルフのデル先生が腕を組んだまま口を開く。今日はデル先生の格闘技講座だ。なんと投げられても怪我しないようにと、場所はビーチの砂浜だ。潮風が心地よい。汗をかいたあとは海で水浴びをしてやろうと画策している。メンバーはいつメン。僕、マイ、ドラゴンの化身アンとマッスル黒エルフのレリーフと子供族のパムだ。
デルをよく見る。そう言えばいつもの事で気にしてなかったけど、デルの長い耳はぴったりと頭に貼り付いている。
「いつも聞こうと思って、聞きそびれてたんだが、デルの耳って練習の時は頭に貼り付いてるけど、もしかして動かせるのか?」
僕は勇気を出して聞いてみる。エルフの耳って僕達にくらべてかなり長いから、もしかしたらコンプレックスとかで、気を悪くしたりしないか心配だ。
「あ、耳ですか?そうですね、皆さんには必要無いですが、私達は格闘技を習うにあたって、まずは耳を動かすトレーニングをします。頭に貼り付けてないと、巻き込んで千切れたりしますからね。ちなみに私の村の男性のほとんどは千切れたり団子耳になってます。自慢では無いですが、私は立ち技だけでなく寝技では敵無しだったので、耳は綺麗なものです」
そう言うとデルは耳をパタパタと動かす。僕も耳が動かせないか試してみるけど無理だ。動かそうとしても眉毛が動くだけだ。デルは器用に右左交互に動かす。なんか馬鹿にされてるみたいで少しムカつく。鷲掴みしてやりたい。
マイも耳を動かしている。へにゃんとさせたり立てたりしている。流石に左右別の動きは出来ないみたいだ。こっちは可愛らしい。
アンとレリーフとパムは引きつった変顔をしている。僕と同類だな。
「では、まずは柔法という言葉についてですが、前に言ったかもしれませんが、便宜上、突きや蹴りなどの打撃攻撃を剛法、投げや締め関節技などの事を柔法と呼びます。今日は簡単で初歩的な関節技の禁じ手をレクチャーしようと思います。ザップさんどこでもいいから私の体を掴んで下さい」
僕は前に出てデルをながめる。いいのか?当然僕の視線は耳にいく。
「待って下さい。耳は駄目です。耳を握られた時の返し技なんか無いです」
そりゃそうだ。耳を使って僕を投げたりしたらそりゃ神だ。
どこでもいいのか、それなら当然、道着の閉じた胸元に目がいく。あそこから手を入れて……
おおっと!
いかん、いかん、すぐに目を逸らす。
「当然、今は、そこも駄目です……」
そりゃそうだ。完全に痴漢だよな。
ん、今、『今は』って言ったよな。みんな気にして無いみたいだけど。
突っ込みが入る前に無難にデルの手首を掴む。
「普通でしたら、私の腕力ではザップさんを振りほどくのは無理です」
その通り、デルの力では僕からは逃げられ無い。
「…………………ッ!」
僕は声にならない叫びを上げる。デルの手を離してしまう。デルが掴まれてた逆の手で僕の小指を握りしめている。激痛で地面に這いつくばる。
「『指取り』です。コツは掴んだ指を関節と逆に相手の肘に向けて捻り上げる事です。非力な私でもザップさんを固める事ができます」
うおっ!これは痛い。これから逃げる為には自分で指を折るしか無い。
「簡単に指が折れるので、基本的に『指取り』はいろんな格闘技で禁じ手です。むやみに使うとめっちゃ痛いので仲の良い友達にかけてもブチ切れられる事が多いので気をつけて下さい」
それなら早く僕を解放して欲しい。絶妙な力加減で僕の指を折らないようにデルは攻めてくる。
僕はデルに固く復讐を誓った。