ザップ・ハンマー
『よしいいぞ、いい感じだ、ワン、ツー、ワン、ツー』
僕がハンマーを振るう度、頭の中に野太い声がする。なんと言うかイメージ軍隊でしごかれてるみたいだ。効率的に痩せることができそうな気がする。ミノタウロスのハンマー改め、ザップ・ハンマーの声だ。
今は朝の日課のハンマーの素振り中だ。先日、いまいちその仕組みは分からないが、ふとした拍子から僕のハンマーが心の中に話しかけてくるようになった。
握ると話しかけてくるのだが、特にトレーニングの時がテンション高くてウザイ。
僕は毎朝起きて顔を洗うと庭に出てハンマーを素振りする。ただ振り上げて振り下ろすだけだが、無心で最高の打撃を与えられるように毎日毎日繰り返す。
このハンマーを手に入れた1人で原始の迷宮を彷徨っていた頃は、ハンマーの重さに引っ張られて攻撃がかわされた時に大きな隙になり窮地に陥る事が何度もあった。
ハンマーのみならず、重量武器全般に言える事ではある。その隙を無くするため、かわされたハンマーをすぐに方向転換できるように、全力で振り下ろしたハンマーを全身を使って僕の胴体くらいの高さで急停止する素振りを始めた。始めはへなちょこだったが、数百回、数千回繰り返した時には無駄な動きが減り、その動きに必要な筋肉が鍛えられ思ったような動きができるようになってきた。
今日の素振り仲間はマイと、北の魔王リナ、魔道都市のお姫様のラパンと、元聖教国の大神官シャリーだ。
毎朝、僕を囲んで美少女たちがでっかい武器を振り回すのが面白いのか沢山の観客が僕達を遠巻きに囲む。
ちなみに観客狙いのマイとシャリーの屋台は世代交代してて盗賊都市で助けた獣人のケイと自称忍者のピオンが任されている。
『では大きく呼吸して、ワン、ツー、ワン、ツー』
「……お前、元気だな。なにがそんなに楽しいんだ?」
周りにこえが聞こえないように口を閉じ少しだけ開けてハンマーに話しかける。俗に言う腹話術って奴だ。見よう見まねだけど、子供に腹話術を信じさせる事ができるくらいのクオリティは有るはずだ。僕も信じていた口で、ちびっ子の時に腹話術の人形が主人がいない時に話さないので死んだかと思ってぎゃん泣きした記憶がある。
「そいつはですね、ザップ様が俺を振れば振るほど力が湧いてくるからです。振って、振って振りまくって下さい。ほとばしるうっ!」
なんか、こいつの姿がひげ面マッスルだったのを思い出してなんか萎えてくる。正直気持ち悪い。
「モンキーマン!今日こそはキサマの命日だ!」
僕はハンマーを取り落としそうになった。ほぼ毎日力試しに馬鹿が来る。今日のチャレンジャーはひげもじゃ筋肉だるまだ。なんかザップ・ハンマーにそっくりでげんなりだ。
「ザップと戦う前にあたしたちの誰かと戦って貰います。もし勝てたらザップに挑戦できます」
「ああ、いいだろう。ちょうどいい準備運動になりそうだ」
筋肉だるまはマイに合意したみたいだ。
「はい、今日も新しい挑戦者が現れました。本日の対戦相手はーっ?」
マイがどこからともなく出した拡声の魔道具で声を響かせる。
「マーイ!」
「ピオン!」
「リナちゃーん!」
「ケーイ!」
「ケーイ!ケーイ!ケーイ!」
辺りを『ケイ』コールが包み込む。
「え、私ですかぁ?私無理ですって!」
獣人の少女ケイがフリフリのメイド服を翻し前に進み出る。無理って言ってる割にはやる気だな。けど、明らかに筋肉だるまよりケイは弱い。目立ちたがり屋さんなのか?
『ザップ様、私の出番のようですね。私のザップ力を開放して彼女の手助けをしますので渡して下さい』
渡すも何もケイはこいつを持てないだろう。
「観客の皆様、ケイは只のメイドまだ修行中なので、本日は私マイが戦わせていただきます」
マイが拡声器をラパンに渡して前にでる。
「おーい、ケイ、これ使えるか?」
まあ、一応ハンマーを柄を上にケイの前の地面に置く。
「え、こんな重そうなもの持てるわけ…」
ケイがハンマーの柄を手にする。
『ザップ力開放!』
ん、ハンマーの声が聞こえたような。
ケイはハンマーを片手で握りいとも簡単に振り上げる。
バシュッ!
ケイの体が膨れ上がり、メイド服が引き裂ける。そこには破れたメイド服に身を包むまるでミノタウロスのような筋骨隆々の生き物が。なんだ、ザップ力って、人をマッスル強化させる力なのか?
これはいかん、女の子として!
僕の出したミノタウロスの腰巻きが即座になんとか大事な所は隠した。
「みなぎるわっ!」
ひげもじゃ筋肉だるまに負けず劣らずの筋肉だるまになったケイがひげもじゃに近づく。悪夢みたいな光景だ。直ぐ忘れてしまうタイプのたちが悪い悪夢だ。
「だ、誰っ?」
マイの上ずった声がする。
「ケイです。任せて下さい!」
もはや可憐な少女の面影は無い。
「ほう、なかなかの上腕二頭筋だな。相手に取って不足無し。いくぞっ!」
筋肉だるまはケイに棍棒を手に襲いかかる。2人は交錯する。
ゴスッ!
ケイのハンマーの横薙ぎが軽く筋肉だるまを吹っ飛ばす。完全に力と速度のみの攻撃だ。技術ナッシングだ。
「し、勝者、ケイ?」
マイが目を見開いて複雑な顔してケイを見ている。疑問形になってる。
「しゃああああーっ」
ケイは雄叫びを上げるが、辺りは、静まり返っている。
ぼくを含めみんなショックなのだろう。可憐な少女ケイが、筋肉ゴリラに変わってしまった。顔もごつくなっている。正直目の毒だ。
しばらくしてケイは元に戻ったが、僕は詳しい事はハンマーには聞けなかった。マイがあんなになったら僕はショック死するかもしれない……