構えの重心
僕は冒険者になって戦い方を習った事は無かった。子供の時は生きていくだけでやっとだったし、冒険者になってからもそれは変わらなかった。大陸屈指と言われた冒険者パーティー『ゴールデン・ウィンド』に入ってからもそれは変わらず、荷物持ちの傍ら、彼らが戦うのを見ていただけだった。しかも勇者アレフ、戦士ダニーは当時の僕からは強すぎて正直何をしているのか理解できなかった。
原始の迷宮で数多くの魔物を倒したが、その戦い方の師はミノタウロス。本能に従ってただ強力な打撃を与える。それを繰り返して僕は強くなった。
格闘術。人間の闘争の歴史でそのノウハウを連綿と継承してきたもの。戦いを続けていくだけでも強くはなれるが、数百、数千の先人の技術を取り入れる事でその速度を早める事が出来るはずだ。
「武器を体の延長と捉えるならば、徒手空拳での技術はすべて武器を持った時に生かされます。素手で強い者は武器を持つと更に強くなります」
線の細い金髪ポニーテールの少女が頭の中で口を開く。見た目は絶世の美少女だけど中身は国士無双の力士だ。エルフの野伏のデル、格闘術のエキスパートだ。最近、有難い事にその技術を惜しげも無く僕達に教えてくれている。
僕は目を開き立ち上がる。心は穏やかだ。瞑想はここまでだ。
まずは右足を後ろに引き構える。重心は後ろに6、前に4。これにより即座に前に出れる。
「答えは構え、特にその重心の中に有ります。構える時に、攻撃するなら後ろに重心、守るなら前に重心を置くと動きやすいです。擒打、打撃を捉えて投げたりするときには前重心が良く、カウンター等を狙う時には後ろ重心が有利です。要は重心は前に動きたい時は後ろ、後ろに動きたい時は前という事です。また、これにより相手の重心を観察すると、相手が次に動く方向や攻撃方法を推測する事が出来るので、相手の動きを封じる事が出来ます」
デルの言葉を思い出す。初期にデルと模擬戦をしてた時、かわした攻撃の先に更に追撃、攻撃しようと思って前に出たそこに足があってカウンター。正直訳が解らなかった。移動した場所移動した場所をを攻撃されるのだ。まるで心を読まれているのか、未来が見えているようだ。しかも移動した後なので動けず面白いように被弾する。たまらず降参してそのカラクリを聞いた時の答えだ。
「意地悪いな、なんで先に教えてくれないんだ?」
「憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず」
「なんだそりゃ?」
「昔の偉い人の言葉です。解んなくて解んなくてどうしようもなくなってそれをどうしても知りたいって思った事の答えってずっと忘れないものです。ザップ兄様に先に言ったとしてもすぐに忘れてしまうでしょ。これで重心の大切さを解って頂けたと思います」
確かにその通りだった。現に今も思い出している。金色の髪を靡かせて悪戯っぽく笑ったデルの顔もセットで覚えている。
少し前だけど懐かしい。あの時はまだデルは僕をリスペクトして『ザップ兄様』と呼んでくれてたのだが、最近の残念さのおかげで『ザップさん』に変わってしまった。
「しゃーっ!」
気合を入れ、僕は拳を握り締め、仮想敵としてそのエルフの少女を思い浮かべ戦い始めた。