勇者か魔王か(終)
僕達は一進一退の攻防を繰り広げる。いつの間にか辺りは静寂につつまれていて、ただ、僕達の武器を打ちすえる音が鳴り響く。
この広い世界に僕達がたった2人しかいないような錯覚に囚われる。
僕の動きが読まれ、僕もリナの動きを読む。ここまで解り合えると楽しくもなってくる。
けど、これは練習試合ではなく、お互いの全てを賭けた戦いだ。
僕達が戦っているのは僕の領域の中。この中では全てのものが僕の魔法の収納に出し入れ自由だ。
1回大きく競り合い、僕は間合いを取る。追撃の瞬間にリナの大剣を収納にしまい、ハンマーを突き付けて勝利宣言する予定だ。
僕は大剣を収納にしまおうとするが、何も起きない。一瞬大剣の色が黒くなったような気がしだ。慌ててリナの追撃を避ける。
「何が起こったか解らないみたいだな。魔王の力だ。私より強い力で干渉しないと武器は奪えないぞ」
どういう理屈かは解らないが、リナには収納による強奪は効かないみたいだ。けど問題無い。それなら力押しで倒すまでだ。僕はハンマーを手に駆け出す。
「ハァアアアアーッ!」
リナが掛け声を上げ腰を少し落とす。リナから放たれた何かに僕は吹っ飛ばされる。受け身をとって立ち上がると、そこには全身を歪んだ禍禍しい真っ黒な鎧に覆われたリナがいた。
「魔王の力を物質化した鎧だ」
リナにしてはまともな事を言っているが、まだ技や鎧の名前は決まって無いみたいだな。
こけおどしかと思ったが、違う。リナの纏う気配が今までとは全く違う。
けど、やるのみだ。
僕はハンマーを振り上げ全力で振り下ろす。数百回いや、数千回いや、数万回繰り返してきた動き。全ての無駄をそぎ落とし、ただ力を込める事のみに特化した僕の必殺の一撃。
ガキーーーン!
僕のハンマーは大剣の腹で受け止められる。ここまでは最初と一緒だ。けど、ここからは違う。僕はリナの踏ん張る大地を収納にしまい押し切ろうとする。けど、また僕のスキルは発動しない。リナの足下に一瞬黒い霧のようなものが……
一瞬気を逸らしたのがいけなかった。リナが不敵に笑う。
刹那、僕は吹っ飛ばされていた。全身を巨大な何かで殴られたみたいだ。手からハンマーも離れている。
僕はなんとか立ち上がろうとするが、体が動かない。何をされたんだ?
リナが剣を片手に歩いてくる。
リナは大剣を振り上げる。
収納からエリクサーを出そうとするが、そこには黒い霧が出ただけだ。そうか、リナから一定の距離ではスキルが使えないのか……
「ザップ……弱いな……」
北の魔王リナ・アシュガルドは振り上げていた大剣を降ろし僕に背を向けた。
強くなりたい。
僕は自惚れていた。最強の一角になれたと思っていた。けど、それは妄想でしかなかった。
リナは強い。間違いない。リナは魔王の力を使いこなしているんだ。彼女の強さを讃える数多の者から、彼女を畏怖する幾多かの者から力を得ているんだ……
勝てる訳がない。僕1人では……
回りを見渡す。マイが、アンが、ラパンがシャリーがそして大勢の者が僕を見ている。みんな信じてくれている。まだだ、まだ負けてはいない。
どうすれば、どうすればみんなの思いを力に出来るのか?
勇者?
勇者アレフ……
そうだ、アレフの剣!
僕は勇者アレフの剣を収納から出す。一瞬黒い霧が出るがそれを押しのけて剣が出現する。あたたかい。力が溢れてくる。僕は勇者の資格を得ていたんだ。
「リナ、まだだ、構えろ!」
「ザップ、それでこそザップだ。行くぞ!」
リナは大剣を振り上げ僕に迫る。僕を信じてくれる者たちよ、僕に力を!
ゴゴッ!
リナの振り下ろした大剣をなんとか剣の腹で受け止める。剣から力が流れ込んで来るのを感じる。
「ウオオオオオオーッ!」
僕はリナを弾き返す。
「どりゃーーっ!」
僕はそこから突進して横に薙ぐ。
リナは大剣の腹で受け止めるが、止まらない。僕はそのままリナの横を走り抜ける。
「ゴッドスレイヤーが……」
リナの大剣は両断されゴトリと地面に落ちる。のみならず、リナが纏っていた黒い鎧も地に落ちて砕けて消える。
僕が切ったのはリナの剣と鎧。リナの体はすり抜けた。何故そんな事が出来たかと言うと、剣が収納の力を取り込んだみたいで、何を切るか心に問いかけてきたのだ。
さすが勇者の剣、ハイスペックだ。
「さすがだな、ザップ、今日の所は引き分けだな」
まぁ、妥当な所だ。僕の勝ちのような気もするが、ごねたら再戦を求められるかもしれない。もう今日は勘弁して欲しい。
「そうだな、ありがとう」
回りで見てる者には何が起こったのか解らないかもしれないが、リナのお陰で、リナに追い込まれたお陰でまた強くなれた。
リナが右手を差し出す。魔王と勇者は固く握手をした。