勇者か魔王か(中)
「ザップ、ところで、魔王と勇者って何だか知ってますか?」
コーヒーのカップを置いてジブルが唐突に口を開く。ちなみにジブルは今は夏休みで仕事は休みだそうだ。
けど、休みが終わるまでに出さないといけないレポートが山積みで半分は仕事のようなものだと嘆いていた。
「ん、魔王ってのはなんて言うか悪い奴で、勇者ってのは世界平和的なもののために戦う選ばれた者だろう?」
「やはりあまり詳しくは知らないみたいですね。今後のために、まずは勇者から話ましょう」
ジブルの勇者の話を要約すると。勇者は人々に選ばれる者らしい。多くの人間が勇者頑張れって思ってくれたらその思いを集めて力に出来る者が勇者だそうだ。
「俺の名前もそこそこ売れてるから、もしかしたら俺も勇者になれるのか?」
「勇者のスキルや、魔法や武器、力を変換出来るものがあればもしかしたら。けど、それって魔道都市には伝わってないわ。じゃ、逆に魔王は……」
魔王は、倒した者や、その存在を畏怖する者など負の感情を集めて力にすることが出来るそうだ。なんかこれもいけそうな気もするが、これも方法が分からないとの事だ。つまらん。
うやむやでもやもやしたまま僕達は店を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ザップ! 戦うぞ!」
また僕らのランチタイムに北の魔王リナが乱入してきた。今日はなんとフードつきの黒いマントを羽織っている。けど、極端だな、夏場にそれは暑いだろう。
「戦うといっても、なんというか、バトル的なもので、健全なものだからなっ!」
リナはプイッと横を向く。なんかすこし可愛らしい。アンの教育は成果を上げたみたいだ。
今日はうやむやにはしない。ジブルの話を聞いて少し魔王というものに興味が湧いた。もしかしたらリナから何か新しいものを学べるかもしれない。
「ああ、リナ、健全な戦いをしようか。広い所に行こう」
リナの顔がパッと華やぐ。え、そんなに嬉しいのか? まじ、脳筋だな。
僕達は店の裏の空き地に向かう。僕の仲間達とあと食事してたお客さんもゾロゾロと付いてくる。野次馬かよ。
「飛び道具無しの近接戦。スキルは有りでいいか」
「いいだろう」
リナは鷹揚と頷く。
「マイ、事故った時は頼む」
「分かったわ」
マイの上に2つの収納のポータル魔方陣が浮かぶ。これでもしやり過ぎたとしてもマイが即座にエリクサーをかけて助けてくれる。
「準備はいいぜ」
僕は収納から愛用のハンマーを出す。
リナはマントから大剣を取り出す。実際は収納スキルつきのパンツから剣を出してるのだが少しは恥じらいというものを学んだのだろう。気のせいだった。リナはマントを外して後ろに投げ捨てる。ギャラリーから歓声が上がる。金色のビキニアーマーのツインテの美少女が身の丈程の大剣を構える様はシュールで、僕の戦闘意欲をごっそりとどっかにもっていく。
「我が名は北の魔王リナ・アシュガルド! ザップ・グッドフェロー、いざ尋常に勝負!」
恥ずかしいから、大声で名乗るのは止めて欲しい。間違いなく僕の悪名が広まり、魔王力的なものが増える事だろう……あ、もしかして、リナが名乗るのは周知して魔王力を効率的に集めるためなのか?
「いくぜ!」
僕の初撃は馬鹿のいっちょ覚えの振り下ろしだ。狙うのは肩口。
「さすがだな、ザップ」
リナはかろうじてそれを大剣で押しとどめる。押し返され、横凪ぎの一撃を僕は跳び上がりかわす。普通は跳ぶのは悪手。僕の場合は違う。リナが剣を力で軌跡を変えて振り上げるのをポータル踏んでの二段ジャンプで後ろに跳び逃げる。着地前にポータル三段ジャンプで体を捻り横凪ぎを放つ。リナは力で剣を引き寄せ剣の腹でそれを受ける。
ハンマーは受けに適しないので基本的にかわすしかない。大剣は攻防に強いが近接しすぎると取り扱いにくい。僕らは武器の一長一短を攻めて攻められて、終わりない舞を舞い続けた。