荷物持ち毒殺指令
「うごっ、うがっ、ふごっ!」
ターゲットは口から血を噴き出しながら喉を搔きむしる。店の中の他の客が注目する。
任務完了。
たわいない。所詮、英雄とか魔王とか呼ばれようとも人間だ。飯も食えば水も飲む。四六時中気を張っていられるわけでもないし、王侯貴族のように毒味をいちいちたてる事が出来る訳ではない。
毒を盛る機会なんて山ほどある。彼には恨みが有るわけではないけど、これも仕事。
彼は私の祖国の犯罪都市と呼ばれているドバンで派手に暴れたらしい。それで私の所属する暗殺者ギルドを敵に回したみたいだ。まあ、死人には興味ないわ。私は席を立つ。
「!!!」
私は驚愕に目を見開く。ターゲットは胸をトントンすると、紙ナプキンで口を拭い、水を取って飲み干すと、何事も無かったかのように食事を続ける。
任務失敗?
何故だ?
今回使った毒は『ドラゴンスレイ』という少量摂取しただけでも確実に人間を死に至らしめる猛毒だ。
しかも彼は、たまにむせながらも猛毒てんこ盛りのつけ麺を食べ続ける。
この人、頭、大丈夫か?
それとも、たまたまこの毒に耐性があったのか?
私は動揺を隠しながら店を後にした。
私の名はピオン。
尾に毒を持つサソリの異名スコーピオンから取ったそうだ。
私が育ったのはドバンに接する森の中の隠れ里。そこでは孤児を集めて忍者という暗殺者を育成していた。
私は子供の頃から様々な毒を飲まされ続け、今では血や涙など体を流れるもの全てが触れた者を死に至らしめる猛毒だ。その代償に私は一定期間おきにギルドから貰える解毒剤を飲まないと死んでしまうそうだ。しかも多分長生きは出来ないという。
けど、その事はもう諦めている。里に引き取られなかったら、もっと前に孤児として死んでいたと思うし、そうじゃなかったら、体を売ったりなどして最低な生活していた事だろう。暗殺の報酬は高額でそれなりに贅沢な暮らしも出来ている。
人は狩りをして動物を殺して生きてるし、家畜だって殺している。私の場合はそれがたまたま人間なだけだと自分に言い聞かせて生きて来た。
最強の荷物持ち、猿人間魔王ザップ。
それが今回の私のターゲットだ。
それから私は何度も何度もザップに毒を盛り続けた。
なんか一瞬は毒が効いたかのようなリアクションをするのだが、すぐに何事も無かったかのように普段の生活に戻っていく。
組織には報告するのだが、暗殺しろの一点張りだ。
「ううっ! ガハッ!」
今日もザップは毒を飲んで元気に喀血する。元気に喀血、なんて馬鹿な話だ……
私はうんざりしながらザップを見る。
ザップがこっちを見ている。そしてニンヤリと笑う。
見つかった!
私は即座に逃げようとする。腐っても私は忍者。スピードで荷物持ち風情に負ける訳がない。
「キャッ!」
私は手を引っ張られて転倒しそうになる。私の左手に金属の輪っかがはまっている。いつの間に? しかもそれからは紐がザップの手に伸びている。
「お前だな。俺に毒を盛り続けたのは」
ザップが近づいて来る。私は逃げるのではなく逆にザップに近づく。そして私はザップに顔を近づける。地味で変哲も無い顔だけど、個人的には嫌いじゃないわ。
「証拠はあるのかしら?」
私は更に顔を近づける。そして戸惑うザップの唇を奪う。男なんて単純だ。私の中を流れる毒はどの毒よりも強い。
「さよならザップ」
私は口づけのあと別れを告げる。
ザップは口から泡を吹きながらその場に倒れる。私はナイフで手首の輪っかに付いた紐を切り駆け出す。
「ウグッ!」
喉に何かが引っかかりつんのめる。今度は首に輪っかがはまっていて、また伸びた紐をザップが掴んでいる。
「悪いが逃がさないぞ」
何なんだ? 私は何をされているんだ。皆目見当つかない。
掴まったら殺される。殺されなくても解毒剤が無くて死ぬ。
そっか、私はここで終わりなのか。まあ、どうせ長生きは出来ない事だし。つまらない人生だったな……
「さよなら、ザップ。しつこい男は嫌いじやないわ。先に待ってるわ」
私は持ってるナイフで自分の首を刎ねる。視界がクルクルとまわる。修行の賜物で首は一発で切れたみたいだ。私の血液は猛毒だ。さすがのザップもこの至近距離で大量に私の血を浴びたら死んでくれるだろう。
私の首が地に落ちる。
最後に見たのはザップの驚いた顔。
私はあなたみたいな普通の人と普通に付き合ってみたかったな……
「うぅ……」
私はクラクラする頭を振りながら体を起こす。え、なんで? 私は自分で自分の首を刎ねたはず。夢をみてたのか?
「自殺禁止!」
声の方をみる。あ、ザップだ。やっぱり死んでないな。しぶとすぎるでしょ。私はベッドに寝かされてるみたいだ、
「無理。私は毒よ、すぐまた死ぬわ」
「いや、死なない」
「無理よ、エリクサーって言う霊薬でも無い限り、私の中の毒は消えないわ」
「お前の首を繋げたのはエリクサーだ」
「え?」
「お前は盗賊か?」
「似たようなものよ」
「幾らで雇える?」
「フフッ、さぁ、幾らかしらね……」
この人面白いな。
ずっと命を狙ってた私を雇うなんて狂気の沙汰だ。
けど、悪くない。
自然と頬が緩み、気がついたら、声を上げて笑っていた。
ザップは呆気にとられている。
私は生まれて初めて本気で笑えた気がする。