禍福はあざなえる縄のごとし(中編)
「ヒャッハー、ここは通さねーぜ!」
馬車が止まり、前の方から甲高い男の声が聞こえる。僥倖、そういうものだ。盗賊だろう。カモがネギとお金をしょって向こうからやって来た。
「お頭、ザップ、ザップがいますぜ!」
「な、なにっ! ザップだとぉ!
モンキーマンザップか? 皆の者逃げろーっ!」
盗賊の1人が僕を指差して、大声で叫び、お金達は馬に乗り脱兎のように逃げ去ってしまった。
なんてついてないんだ……
まさか、盗賊風情に僕の顔を見知った奴がいるなんて……
追撃しようにも、流石に子供や妊婦さんをほっぽって行く訳には行かない。
基本的に盗賊は乗り合い馬車は狙わない。お金持ってない人が多いからだ。
にもかかわらずせっかく襲撃してくれた盗賊をみすみす見逃すなんて……
しかも活きが良さそうだった。盗賊は犯罪奴隷としていい値段で売れる。10人は居たな、大金貨1枚はいけたかもしれない。もったいない事をした。
僕は荷物持ちならぬ荷馬車になった気持ちで荷車を持って走る。
凹んでる僕と対照的に荷車の中からは寝息なども聞こえ出す。どうも僕の名前を聞いて乗客達は安堵したみたいだ。荷台の後ろから子供達が顔を出して僕を見ている。
「おじちゃん、ありがとう頑張って」
女の子が僕を応援してくれる。まだ5・6歳くらいでは? あと10年後にも同じ事と言って欲しいものである。けど、おじちゃんじゃなくてお兄さんって言って欲しいな。
「ザップ様、ありがとうございます」
可愛い妊婦さんも顔を出す。こっちも、妊婦さんになる前にお願いしたいものである。
それでも女性の応援には喜んで応える僕なので、出来るだけ荷台を揺らさ無いようにひた走る。まじついてない……
中継地点の町まで着いたのは予定より早い時間だった。チケットに付いていた宿の宿泊券で宿にチェックインし、濡れた服装を着替える。夏だと言うのに正直マジ寒い。
御者のおっさんが今日のお礼をしたいというので、宿の食堂で一緒に食事をする事にする。
「いやぁ、今日はありがとうございました。ささやかですがあっしの奢りですので、遠慮しないで、いっぱい食べてくだせぇ」
その、おっさんがふるまってくれた料理を見て僕は絶句する。それは沢ガニという小蟹を油でカリッカリになるまで炒めたものだった。こうすれば殻ごとボリボリいけるらしい。昔、これを1つ食した事があるが僕の今まで食べたもののうち嫌いなものワーストトップ5に入るものだ。なんか固いし苦いし、個人的には食べ物が生きていた時のままのものは若干苦手だ。
けど、こいつは高級食材だ。
御者のおっさんが少ない給金の中、僕に少しでも喜んで貰おうと思って奮発したものだ。好き嫌い関係無い。人として食べるしかない。正直、涙がこぼれそうになる。それほど苦手な食べ物だ……
ついてない……
こうなりゃやけっぱちだ。
「おー、おっさん、こいつはうめーな!」
僕は蟹をボリボリする。うわ、勘弁して欲しい。虫かなんかを食べてるみたいだ。僕は貧しい時、一通りの可食の虫は焼いても食べた。昔の黒歴史だけで僕はお腹一杯になる。けど、まだまだ蟹奴はしこたまいやがる。何故アンを連れてこなかったんだ……奴らなら口に入るものならば何でも美味いって言ってむさぼるのに……
「おお、蟹、うめーなー!」
歯を浮かせながら、蟹をパクつく。おっさんがおかわりを頼もうとするのを必死で止めた。