禍福はあざなえる縄のごとし(前編)
「おおっと」
僕の乗っていた馬車が少し傾いだと思ったらガクガク車体が揺れる。これはまずい。さっきも同様な事が起こって馬車の車輪を交換したばかりだ。たしか予備の車輪はもう無かったはず。
しばらくガタガタ揺れたあと馬車は止まる。
僕は今日は乗り合い馬車で王都に向かっている。昨日、この国の王のポルトから召集の勅書を貰った。ポルトのくせに何を偉ぶって僕を呼びやがるのかと思ったが、一応あいつはこの国の国王、そうそう王都を離れられないのは事実なので、どうせ大した用事では無いと思うが出向く事にした。
しかもふざけた事に勅書と同封されていたのは往復の乗り合い馬車のチケット1人分、王様だから馬車くらい出せよと思ったが倹約家の国王なのだと思う事で我慢した。
マイとアンはしばらくする事があるという事で居残りだ。魔王リナのポータルを使ったら王都にすぐ行けるが、せっかく貰ったチケットだからと思って使う事にした。僕もたいがい貧乏性だな。
「すみません、岩をふんじまって車輪がおしゃかになっちまったようで、ここからは馬車を引きずって隣町まで行きますんで時間がかかるのでおねがいしやす」
降りてきた御者が僕達乗客に頭を下げる。
「次の馬車が来て空いてたら当然移動してもらいます」
乗客がどよめく。そりゃそうだろう。今も馬車はすし詰め状態で、後続の馬車も同じようなものだろう。乗り換えは出来ない。しかも、馬車を引きずるって事は、ほぼ歩くのと変わらない速度で進むという事だ。半日で中継の町で宿泊し2日がかりで王都に向かう予定だった乗客達には寝耳に水だ。中継地点まで、速くて1日、遅かったら2日かかる事になる。
ついてない。全くついてない。
だいたい馬車には2つ以上は予備の車輪を積んでいるものだが、たまたま今日は1つだけしか積んでなく、しかもたまたま2回、車輪が壊れている。当然馬車の車輪は出発前に入念にチェックしてた。後続の馬車が予備を持ってるかもしれないが、多分それとすれ違うまではかなりの時間がかかるかもしれない。馬車には子連れの母親や妊婦さんもいる。
しょうがないな……
「おい、俺が馬車を押してやる。御者台に戻れ」
「え、お客さんにそんな事させる訳にはいきません。あっしがしっかり押しますよ」
「それじゃあ、日が暮れる。子供が腹すかせるだろ。戻れ、戻れ」
僕は馬車から跳び降り、馬車をもちあげる。
「まじっすか、お客さん、まじ人間なんすか? ありがとうございます」
御者は目を見開く。それもそうだろう。馬車は壊れた後輪だけで無く、全ての車輪が持ち上がる。
斯くして、御者は戻り、馬に鞭をくれる。
馬車を持ちながら馬に合わせて走って行く。ポータルで移動しとけば良かったと思うが、僕が居なければ馬車の乗客は困っていたから、人の役に立てたと思う事で我慢する事にした。しかも雨まで降って来る。
雨で泥濘んだ地面を踏みしめ、僕は馬と一緒に走る。荷台の重さから開放されて、馬は容赦なく走る。
よくよくついてないが、そんなものだ。悪い事は重なるものだけど、よい事も重なり、全ては揺れる天秤のようなもので採算は取れているはず。そう思い、僕は懸命に走った。