海のシルメイス
「アイローンボー、お久しぶりですね。大きくなりましたね。見違えました」
まるで鈴を転がすかのような高く透き通った声が響く。
海の上に人が立っている。
僕はその事実に、一瞬自分が幻覚を見ているのではと思った。
けど、その存在を証明するかのようにその人物は波に揺られながら口を開いた。
艶やかな腰までのびる青い髪、少し透けているように見える青い服。少し面長なエルフのように整った顔は儚く、そしてなぜかその表情には寂しさのようなものを感じる。
「ザップ、『ウォーター・ウォーキング』、ロストマジックです」
導師ジブルが僕の袖を掴む。ロストマジックって事は、今や伝承だけで誰も使えない魔法。ドラゴンの化身であるアンを知っているという事はもしかして人化した古竜?
僕達は臨海都市シートルで知り合った冒険者バルガンの船で、シートルの南の内海にある海淵の迷宮に向かっていた。
メンバーは、僕、マイ、アン、ジブルの4人だ。バルガンは案内で迷宮には入らない。
ちょうど今し方、海淵の迷宮の入り口があるという海の真ん中に船を止めた所だ。
そして、今、海に立つ美女に話しかけられている。
「シルメイス……」
ずっと動かなかったアンが口を開いた。知ってるって事はやはりこいつは古竜の化身か?
「アイローンボー、力を失っているみたいですね。いや、忘れているのでしょうか。まあ、どっちでもいいです。思い出させてあげるわ、それでは、そうですね、一緒に遊びましょうか……」
空気がヒリつくような感じ、オブシワンと一緒だ。やばい、こいつは間違いなくやばいヤツだ!
「ジブル、水中呼吸の魔法をかけろ!」
「はいっ!」
背中に小さな手が触れ、暖かさを感じる。よしきた。僕達に殺気を向けた時点で敵確定。やられる前にやる!
「剣の王!」
射出したポータルからあらん限りの剣をシルメイスに放つ。フェミニズム? 関係無いな。間違い無く相手は規格外の化け物だ。これでも目くらましくらいにしかならないはず。
僕は海の少し上の船の前にポータルで足場を作り力の限り船を押すというよりぶん投げる。船が壊れなければいいが。
「ザーップ!」
マイの声が聞こえたが、今回だけは僕だけで行く。みんなを危険にさらす訳にはいかない。
僕は振り返る。
「悪いが俺と遊んでくれよ」
僕は数多の剣の突き刺さった塊を見る。普通の生き物ならひとたまりもないはずだ。
ぽちゃん。
ぽちゃん。
剣が1本、2本と海に落ちていく。飛沫の後に水の球に覆われたシルメイスが現れた。
「中々楽しい遊びですわね。私が普通の竜でしたら滅んでた所ですわ。まぁ良いでしょう遊んであげましょう」
ブワッ!
シルメイスが光ったと思った瞬間、僕は海に投げ出されていた。
ポータルを使って水上に顔を出すと、そこには白銀、青みがかった白銀の巨大なドラゴンがいた。
その口が開いたと思った瞬間に海に割れ目が生じる。咄嗟に大きく避けたがどうやら奴は高速で水を吐きだしたみたいだ。ブレスと言うより水の刃だ。かなりの威力みたいだから喰らわないに越した事はない。
デカイな。
けどそのデカさが命取りだ。
「喰らえっ!」
飛ばしたポータル3地点からアンのドラゴンブレスを出して放つ。渾身のヤツだ。
シルメイスは即座に海の中に潜る。僕も潜り高速移動でシルメイスを追う。
『槍王』
ポータルから出した無数の槍がシルメイスに襲いかかる。あと少しで届くという所で槍はそれてシルメイスの回りを回って力無く海底に吸いこまれていく。
そうか、こいつは水を自在に操れるのか!
しくった……
相手がせっかく水上戦で戦ってくれていたのに、わざわざ得意なフィールドでの戦いに持ち込んでしまった……
『バラバラになりなさい。メイロシュトローム』
シルメイスの言葉が頭に響く。
僕はいきなり体を引っ張られたみたいに海中を流される。上下左右解らなくなり、移動しようにも、移動してもすぐに流されて何が起こっているのか訳が解らない。
抵抗するのを止め力を抜き流されてみる。どうやらぐるぐる回ってるみたいだ。海全体が渦を巻いている。逃げだそうにも辺り全体が動いているので動けない。徐々に渦の中央に近づく。手足が軋み変な方向に曲がる。首も千切れそうだ。渦の中央に達したと思った時には僕は全身の骨が砕けたかのように思えた。苦痛で意識がとびそうだ。
『あなたは頑張ったわ。せめて最後は私が頂いてあげる。面白いスキルもってそうね』
頭にシルメイスの言葉が響く。なんかそこら辺で買い物でもしてるかのような間の伸びた声だ。
僕はシルメイスが近づいてくるのを確認する。
かかったな!
僕は口の中にエリクサーを発生させ飲み込み傷を全快させると、辺り一帯の海水を全て収納にしまう。一瞬太陽の光が差し込み海が消える。けど、一瞬だけでいい。
「絶剣、山殺し!」
全ての力を込めて僕の振るった巨大大剣はシルメイスを両断した。厄介だった水の盾は間に合わなかったのだろう。
確かに水を操る能力は強すぎる。海の中では無敵だろう。せど、それ故慢心したな。よもや海が消える事があるとは思いもしなかったのだろう。
真っ二つになった竜は水のようなものになって崩れていく。
やったのか?
押し寄せる海水の中、僕は今収納に入れた海水も放出しながら海面に浮上する。
『今のは私の幻体。楽しかったわ。また遊びましょう。あなたの名前は?』
シルメイスの声が頭に響く。今までの陰気さがない。
「ザップ・グッドフェロー、最強の荷物持ちだ!」
猿人間という二つ名を打ち消すために、つい『最強の荷物持ち』と名乗る癖がついてしまった。ドラゴン相手なのに。
「「ザップー!」」
「ご主人様ーっ!」
仲間たちの声がする。船が向かって来ている。
古竜シルメイス。もう慢心は無いだろう。出来ればもう会わなければいいな……