魔法の絨毯に乗って3(剣には魔法 魔法には剣)
「おやおや、大分派手にやられましたね。『公爵』はもう逃げてしまいましたよ」
ザップ様の前に黒づくめの男が歩いて来た。その片手には少女を抱き締めてその首筋に刃物を押し当てて居るように見える。
因みに、私、草は倒壊した建物の瓦礫の陰からザップ様を観察している。どうにか恐慌状態からは少しは立ち直る事は出来た。本当は今すぐにでも逃げ去りたい所だが、事の顛末を見届けて報告する義務がある。
「なんだ、お前は?」
ザップ様がその黒づくめに目を向ける。
「いやね、私もこんな事をするのは嫌なんですよ。簡単に言うとですね、この娘の命が惜しかったらすぐに武器を捨ててここから出ていってもらえませんかねぇ」
男はねっとりとした口調でそう言うと、刃物を少女の目に突き付ける。
「おっと、動かないで下さいね、手元が狂ってこの娘の目から脳みそを抉ってしまうかもしれないです。調べましたよ、あなたはあなたの連れの獣人の娘さん同様お優しい。罪のないこの獣人の娘を見殺しには出来ない」
その言葉で辺りの空気が変わった。辺りの音が全くしなくなる。あるべきはずの虫や鳥の声がしない。まるで、神殿の聖堂の中に入った時のようなひんやりした感じがする。
今は真夏だというのに。私は胸を押さえうるさい心臓をなだめようとする。私は汗が止まらない。あの黒づくめは阿呆だ。間違いなく神の逆鱗に触れたんだ。
「……ほぅ……マイを攫ったのはお前達か……」
地の底から漏れ出すような低いそして重い声が静寂の中響く。私は歯の根が合わない口を無理やり噛み締めて止める。
「わ、私は知ってますよ、あなたはほぼ魔法は使えない。剣には魔法。戦士は魔法で倒すに限りますね。動かないで下さい。動くとこの娘を処分します」
黒づくめは声がうわずっている。手元も覚束なく、抱き締められた娘の前で刃物が震え、娘はきつく目を閉じている。
「何をしている! お前達、早くこいつを始末しろ!」
黒づくめは狂乱し、頭を回して大声を出す。
「魔法には剣。魔法使いは剣に対して無力だ」
ザップ様の低い声がする。
ぼじゅっ!
黒づくめの横に空から何か落ちてくる。ローブを纏った人間だ。大地に朱の花を散らせ、まるで壊れた人形みたいに手足を投げ出している。かなりの高所から落ちてきたようだ。
「ヒイッ! な、何だ?」
黒づくめは辺りを見渡す。私は口を押さえる。空から幾人もの人間が降ってくる。
「俺はマイとは違う。敵対する者には容赦しない。大地から剣で突き上げた。どんなに障壁を貼ってても空に打ち上げられたら終わりだな」
興味無さそうにザップ様は言う。そして黒づくめの方を見る。
「何をしやがった! う、動くな! 動くと……」
「お前は既に終わっている。もっと苦しめてやりたかったが、一撃で殺すのが残念だ。女の子は傷つけたくないからな」
「な、何を?」
「剣の王、散れ……」
黒づくめの頭が弾ける。そして一瞬、爆散したその上半身があった所に剣が見えた気がした。
それに目をとられていた私の横に人影が……
「お前はマイを攫った者の一味か?」
少女を抱きかかえたザップ様だ……
「ち、違います……」
「お前だけ武装してなかったからな。良かった。間違えて殺さなくて済んだ」
私の頭の上からザップ様に向かって金色に光る何かが飛んでいく。
もしかして、私も既に終わりかけていたのか?
私はその場に膝から崩れ落ちた。
ザップ様が私に背を向けて歩いていく。
なんとか、私は、命を拾う事が出来たようだ……