魔法の絨毯に乗って2 大国
超過労働と連勤で寝込んでしまいました。
私は草。
草とは何かと言うと、俗に言う隠密とかスパイとか言われるものだ。他国に潜み本国に国の趨勢を伝えたりや、場合に寄っては国家機密などを盗み出したりしたりもする。
私の生まれた王国は、野心に燃える帝国、崇める神以外を認めない聖教国、戦乱耐えぬ東方諸国連合、果ては南の好戦的な未開民族国家群に囲まれて常にその豊かな版図を狙われている状態だ。
それ故、戦乱の兆候を事前に察知するために各地に私のような草を多数放っている。
私の配属されたのは『犯罪都市ドバン』。かつて私の両親は行商人でここにも何度か訪れていたから、地理に明るかったからだ。
盗賊上がりの傭兵としてここに来て3年になるが、正直この都市国家がどういう構造になっているのかわからなかった。誰が統治しているのか、誰が1番偉いのか?
まず、ここには法というものが無い。ただ力が正義、力無き者は誰かにすがるしかない。今、私が所属しているのは『公爵』と言われる者だ。けど、『公爵』が誰なのか、どんな風貌をしているのか、どれだけの権力をもっているのか未だに解らない。
ただ、大金を手にし多くの魔道具を持ち、城と呼ばれるまさに城塞のような屋敷に住み、多くの傭兵とかの家人を雇っている事はわかった。
あと、最近は近隣諸国から見目麗しい獣人を攫って来て、欲望のはけ口にしているらしい。私もその犠牲者を目にしたからそれは真実だろう。けどそれは口に出すのもはばかれるような状態だった。だがここには法は無い。力あるものは何でも思いのままだ。
国の為とは解っていても正直うんざりだ。この前休暇で久しぶり王都に帰った時は楽しかった。そろそろ転任届を出してこの腐った国とはおさらばしよう。
そんな事を考えながら屋敷の入り口、城門で歩哨をしていたら1人の男が現れた。
焼けた肌に、確かアロハシャツと言われているカラフルな南国の花が書いてあるシャツに短パンにサンダル。まるで、南国のリゾート地から来たかのような出で立ちだ。なんて言うか陽気そうでいいな、そうだな転属の前に有給を取って南の国でバカンスを楽しもう。
「ここの主は、俺の仲間に危害を加えた。俺の名前はザップ・グッドフェロー。戦争に来た。死にたく無い者は失せろ」
男はそう言うと鉄の柱と鋲で補強された城門の前に立った。
こいつ、頭大丈夫だろうか?
ザップって、王国の最強の荷物持ち、英雄ザップに成りきってるのか? 最近は暑いからイカれてしまったのだろう。死体の処理は私達下っ端の仕事だから仕事を増やさないで欲しいものだ。
「絶剣! 山殺し!」
ガッガッガッ!
男は何処からともなく剣、いや剣と言うよりも巨木のようなものを出して袈裟懸けに右左と最後に水平に振るったように見えた。
ズズズーン!
門は倒壊し奥に倒れ込む。私には何が起こったのか全く理解できなかった。
1つだけ解った事は、この御方に逆らってはいけない。
あともう1つ、ザップ・グッドフェロー御本人がこの地に降臨されたと言うことだ。
曰く、1人で最難関の原始の迷宮を踏破した。
曰く、巨大なドラゴンを指先1つで倒した。
曰く、老若男女、近づく者全て丸裸にした。
猿人間魔王ザップ様の逸話は誇張の混じった虚構だと思っていたが、それは私の中でことごとく覆された。
真実だ!
いや、実際はそんな生易しいものじゃない。
魔王!!
魔王という言葉さえ生ぬるい。けど、私は、これ以上ザップ様の凄まじさを表現する言葉を知らない。
蹂躙!
まさしく一方的な蹂躙だった。
1人対1軍。あり得ない。そんな事をしようと思う者は間違いなく最高にイカれている!
ザップ様に近づく者は、悉くその武装を失い、それでも近づくものは巨大な鉄球で弾き飛ばされる。遠くから投擲具や魔法を放った者は跳ね返された己の攻撃で倒れていく。公爵が飼っていたと思われる魔獣達がザップ様に襲いかかるが近づく前に無数の剣や槍で串刺しにされる。
たまに出す件の化け物大剣で建物を破壊し尽くし、跳び上がり大地に叩きつけられた巨大な鉄球は大きなクレーターを作り辺りの全てを吹っ飛ばす。あとその周りでは、炎、岩石、氷塊、竜巻など、容易く人の命を刈り取るものが荒れ狂う。
私は何を見ているのだろうか? まるで神話で語られる神魔の決戦を見ているかのようだ。自然と私の全身から様々な液体が溢れ、膝のわらいが止まらなくなる。
しばらくして戦列が崩壊し全ての者が逃げ出した。私も逃げ出したいが見届けるのが仕事だ。涙で歪んだ視界でザップ様を見る。
大気が軋んだ音を立て、突如城の上に現れた焼ける巨大な岩石が建物に叩きつけられる。まるで、砂で作った城が踏み潰されるかのように、城がひしゃげていく。
「メテオ・ストライク」
誰かが口にする。伝説の最強究極大量破壊魔法を生きているうちによもや目にする事があるとは……
まさに1人で1軍。いや大国の全軍でも比肩出来ないのではないだろうか?
ザップ様はもはや国、しかも大陸一の大国に匹敵する。
ポルティングス王はザップ様と知己だそうだ。
王国はザップ様という大国と友誼を結んでいた事に私は安堵した。
そして、私は、唯々、嬰児のように泣き続けた。