魔法の絨毯に乗って1(ヒーローのように)
昨日、有線で流れてました。
こんな所まで助けに来てくれる訳がない。あたしは頭についた毛の生えた耳をいじる。これさえ無かったら……
あたしの名前はマイ。最強の荷物持ち『ザップ・グッドフェロー』の仲間だ。せめて仲間よりもっと大切な存在になりたかったわ。けど、それはもう叶わない。
ここは多分、東方諸国連合の北の果て『犯罪都市ドバン』だと思う。回りにいる人達の会話からそう思われる。
『犯罪都市ドバン』
世間には余り詳しい情報が無い、謎に包まれた東方諸国連合の都市国家の内の1つだ。行ったものが帰って来ない。盗賊ギルドの本拠地があるなどという黒い噂のお陰で『犯罪都市』と呼ばれているが真偽は藪の中。
ここはその街の中の城のような大きな建物の尖塔の1番高い所にある部屋。バルコニーに出て下を眺める。街並みの奥には城壁が見え、その奥には途切れる事無く鬱蒼とした森が広がっている。『魔の森』魔獣が徘徊する危険な所と聞いた事がある。
体調が万全なら、塔の壁を伝って降りて逃げ出す事も出来るのだけど、今は無理。
左手と右手の腕輪を見る。『弱体の腕輪』と『封印の腕輪』だそうだ。今のあたしの力は普通の女の子以下。スキルも魔法も全く使えない。
あたしは曇った空を眺める。どうしようもないな。これが絶望というのかもしれない。外をぐるりと眺める。風の音がする。ひどい事されそうになったらここから飛び降りよう。
けど、あたしは自分がした事には後悔していない。間違っては居なかったのだから……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「大人しくしやがれ」
この街でよく見る格好の短パンにシャツのごつい男が、あり得ない事に少女の腹に拳の一撃を加えた。もう1人が少女の首に首輪を嵌めようとしている。少女はよく見ると頭にあたし同様獣の耳が覗いている。獣人狩りか?
そう思った時には体が動いていた。殺さない程度に2人の男に一撃をくれる。
さらに後ろに気配を感じ駆け出す。
「おおっと、動くなよ。こいつの首掻っ切るぜ」
声に振り替えると、男が少女の首にナイフを押し付けている。しまった熱くなりすぎてまだ敵が居るのに気づかなかった。最悪だ。
「よく見ると最高の獣耳じゃねーか。これなら公爵も満足するだろう。腕輪をつけろ2つともだ」
あたしが倒そうとした3人目の男が荒々しくあたしに2つの腕輪をつける。しょうがない。ここは従う。隙を見つけて倒す。
「おっと睨むなよ、怖え、怖え。獣人は強ぇけど魔法はからっきしだからな。剣には魔法っていうだろう。眠らせろ」
「スリープ」
あたしに腕輪をつけた男が呪文を唱える。あたしの魔法抵抗力はかなりなはずなのに、瞼が重くなり意識を失った。
そして、気が付くと塔の中だった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あたしはする事も無く外を眺める。
あたしが鳥みたいに空を飛べたらな……
鳥?
いや、みるみるそれは大きくなっていく。
布みたいに薄いものの上に何かが乗っている。
ザップ!
ザップ・グッドフェロー。最強の荷物持ち、あたしの英雄だ!
赤いたなびく絨毯に乗って彼はあたしに手を差し伸べる。
「マイ、帰るぞ!」
「はい!」
あたしは彼の手を取り絨毯の上に乗る。気づかない内にこぼれた涙が手に落ちる。
あたしは絨毯の上に乗る。
「飛ばすぞ!」
あたしは彼の背中を抱き締める。涙がキラキラと散っていく。
ヒーローのように、魔法の絨毯に乗って、迎えにいくよ……
王都で流行った歌が頭の中を流れる。
今、あたしは世界で1番幸せだ……