力の流れ
僕は今、目の前で構えるデルを見ている。
僕自身は実戦では女性と戦うのは余り得意ではない。やはり、ずっと妹と生活してきた事、それに僕に優しくしてくれた母さんの事が心の中に大きいからだろう。
今は訓練、揺れる船の上での組み手だ。
金色の髪を後ろにまとめ、今日は紺色のセパレートの水着だ。すらりとした体はとても華奢で儚く見える。海の妖精、女神そう言う陳腐な例えが誰でも納得してくれる程魅力的だ。どこからどう見ても只の美少女にしか見えない。
けど、実際は化け物だ。度し難い格闘技マニアだ。変態の域に半歩以上踏み入れていると思う。
僕は目の前にいる人物がドラゴン以上の危険な存在だという事を心に刻む。
けど、水着だから過って抱きついたりしたら素肌が触れ合う事になっちゃうな、なんてすこし不埒な事も頭をよぎる。
デルは左足を引いて半身に構えている。そういえば、マッスル黒いエルフレリーフや、子供族のパムの時には構えて無かった。それだけ僕を警戒してる、脅威として見てくれてるという事か。
見ていてあることに気づいた。波で船が上がる時にはデルの体が沈み、逆に沈む時には体が上がっている事を。何でだろう。デルの体はそれによりほぼ同じ所にあり続けている。
なんか意味があるはずだ。
僕もそれを真似てみる。
男は黙って右ストレート!
僕は踏み込みながら、突進力を横にした右の拳に乗せる。シフトウェイトは無しだ。
ん、なんかさっきまでと違う。船の揺れにブレずにすんなり動けた。
!!!
そうか気がついた。今までは攻撃する時の力の流れに船の揺れによる上下の力が加わっていたんだ。だから真っ直ぐ進んでいるみたいでも違う力に流されてたんだ。それを意図的に中和する事で安定したんだな。
デルは僕の方に拳をかわしながら前に出てくる。この胆力が化け物だ。普通は後ろにかわすもんだけど、前に出ながらかわしやがる。擦っただけで吹っ飛ぶような僕の自慢の拳をだ!
しかも僕の拳を左手で流しながら体を沈め僕の体の下に身を入れてくる。デルの肩が僕の鳩尾を強打する。痛え!こんな打撃ですら確実に急所に入れてくる。マジ化け物。
そして躊躇いなく、右手を僕の股間に伸ばす。
「……………っ!」
問答無用で掌底を僕の最大の弱点に入れてくる。鬼畜か!
肩車!
急所二段攻撃からの肩車!
苦痛で意識を持ってかれそうになる。
僕の突進力にデルが下から力を加える事でこのままだったら宙に放り投げられる。完全に僕の力を利用してる形だ。
けど力の流れが今見えたから防御策はある。デルのどっかを掴んで力の流れを変えれば海にドボンは避けられる。
見つけた掴むもの!
僕はそれを一瞬最大力で掴む事で力の流れを変え、斜め上に投げられた所をすこし斜め下に変える事に成功し、くるりと身を翻して着地する。けど痛ぇ、めっちゃめちゃ痛い。
デルは僕の方を見て構えるが、即座に胸を隠してしゃがみ込む。一瞬だけ見えた。武闘家の残心というものが命取りになったな!
「キャアアアアアアーッ!」
デルの可愛らしい叫びが海に響く。
「とったどーーーーーっ!」
僕は痛みを吹っ飛ばすために大声を上げる。そしてデルの破れた水着のブラジャーを天に掲げる。
やった!
勝利だ!
この訓練で初めてデルに勝った!
レリーフとパムから祝福の拍手が飛んでくる。
そのあと痛みで動けない僕は、マイ、デル、アン三人がかりでボコられて海に放り込まれ4回目の溺死疑似体験をした事は言うまでも無い。