始まりは
遠い遠い記憶。
僕は今日も朝起きると山に向かい、足を棒にして薬草と食べられる木の実を集め、暗くなる前に村に向かい、薬草を幾ばくかの食料と少しのお金に換えて、家に帰る。
家に帰ると妹が待っていて、食事と言うにはあまりにも質素な物を食べ、水浴びして眠りにつく。
あれからどれだけの月日が経ったのだろうか。
僕達の住んでいた村は町から遠く、今なら分かるが、王国が新たな農地を開拓すべく作った村の内の1つだった。森を切り開き作った畑を耕してなんとか生活出来るようになった若い夫婦ばかりの村で、20世帯前後の家族がいて、僕達と同世代の子供も何人かいた。
無口で働き者の父さん、同じく働き者でどんな辛いときにも笑っていた優しい母さん。思い出として美化されているかもしれないが、貧しく、何も無かったけど、幸せな日々だった。あの日までは…
「ザップ、ティタ、何があってもここから出てきちゃ駄目よ」
母さんは僕達に慈母のような微笑みを浮かべた。けどその目は潤んでいた。多分この時母さんは僕達との別れを確信していたのかもしれない。
「かあちゃ、やだ。ティタもいく」
ティタは母さんに抱きついて離れない。
しばらく抱擁したあと、優しく母さんはティタを引き剥がす。
「大丈夫よ、朝が来たら終わっているから。ザップ、ティタをお願いね」
僕は首肯すると、妹といっしょに納屋の床に掘った貯蔵庫に身を隠した。すすり泣く妹を僕はずっと抱きしめてた。
いつのまにか寝てて、差し込む日差しで夜が明けたのに気付き、外に出た。村の家の幾つかからは煙がが上がっていて、誰も居ない。髪の毛が燃えたような嫌な臭いが辺りに充満していた。村の広場の方から黒々とした煙が上がっているのが見えそこに向かった。
「生き残りか。あっちには行くな。亡くなった者達を火葬してる」
僕の前に剣と鎧の男が立ち塞がった。
「落ち着いて聞け、村は全滅した。軍人崩れの盗賊だ。盗賊は俺達が倒す。お前達は村を出ろ」
男はそう言うと、僕に向かって懐から出した革袋を放り投げると、踵を返し走り去った。
冒険者。
彼がそう呼ばれている者だと知ったのは後の事だ。
その時僕の目には彼はとても眩しく素晴らしい存在に見えた。
僕はその革袋を拾う。
「にいちゃ、とうちゃとかあちゃは?」
ティタが僕の袖を引く。僕は泣き出したいのを必死にかみ殺した。
「遠くへ行った」
「うそ、どっかにいる。いる。グスン。うわぁぁぁぁあん」
僕は泣き始めた妹の手を引いて家に戻った。
それから後の事は余り覚えてない。村には誰も居なく、何もなく、畑も焼けていた。それでも僕達は村に残る事にした。
始めは妹と村の回りにある食べられるものを集めて生活していたが、それもしばらくして底をついた。
妹には簡単な作物の栽培をさせて、僕は隣の村まで行って、そこで教えて貰った薬草採取で糊口をしのぐ生活が始まった。
冒険者から貰った革袋にはお金が幾ばくか入っていて、そのおかげで飢え死にを免れた。毎日の雀の涙のような貯蓄で少しづつ増やして行った。それをいつの日か返すために。
そして、僕は毎日毎日山に向かった。生きて行くために。
今でもその時の事を思い出す。あの頃があったから今の僕がある。なんでもコツコツと積み上げる事の大切さをあの時学んだ。