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 始まりのスープ


「これも違うな…」


 僕はカップに入ったスープを飲み干す。旨い、確かに旨いがこれでは無い。僕が飲みたいスープはもっとコクがあって深い味わいなのだ。


 僕は今、家の隣の昼はレストラン、夜はバーの「みみずくの横ばい亭」にいる。なぜそんな訳の分からない名前かというと、みみずくのような夜遅くまで起きてる人たちがお酒をのんでぐでんぐでんになって横たわって寝てしまうような、そんな安心して酔い潰れる事が出来る我が家のようなお店にしたいという先代のご主人の意向だそうだ。もっとも僕はお酒を飲んだらみみずくならぬ大虎になるらしいので、それは体験出来ないが。


「ザップさん、俺に出来るのはここまでだ。言われた通りの材料、玉ねぎと野菜の細切れと少しの肉は使った。これにこれ以上旨味を入れるのなら、例えば乾し海老や干しアワビとかその手の高級な食材を出汁に使うくらいしか思いつかないな」


 厨房から出て来た料理長が僕に告げる。


「いや、確かにあのスープに入ってたのはこれだけだった。高級食材?そんなはずはない。あの頃のマイは余り裕福じゃなかったはずだからな…」


 僕が初めてマイに会った時に振る舞って貰ったスープ。あの時僕は世界で一番美味しいと思った。それから日も経ったが、あの迷宮での生活以来、マイがあのスープを作る事は無かった。いつもマイには美味しいものを作って貰ってるので、サプライズであのスープをマイに振る舞いたいと思ったのだ。けど、調べても思考錯誤してもあの味が出せない。そうなるとなんとしてでも再現したいと思うのが人間のさがだ。


「ザップさん、そんなに飲みたいんなら、マイ姉様に聞いたらいいんじゃないですか?正直、僕もまた飲みたいです。まあ、飲んだ記憶はあるんですけど、飲んだ事無いですしね」


 やっと仕事が落ち着いたのか、メイド服のラパンがトレイ片手にやって来た。見るたびにドキッとする。僕もラパンの記憶があるので、あんな恥ずかしい格好してたときの事を思い出すたびに恥じ入ってしまう。


「俺が飲みたいんじゃない。マイに飲ませたいんだ」


「それなら、アンさんに聞いたらいいんじゃないですか?あと一緒に飲んでたのはアンさんくらいですし」


「アンがなんか知ってるとおもうか?」


「…駄目もとで…」



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「あれは『アホスープ』ですよ」


 アンを呼んで聞いてみたら、なんか訳の分からない事を言っている。


「ん、なんて言った?」


「だから『アホスープ』です」


「え」


「『アホスープ』です!」


「何が『アホスープ』だ!アホはお前じゃい!」


「ザップさん、待って下さい!」


 とりあえずアンをどつこうとするが、ラパンに止められる。


「止めるなラパン。こいつには教育が必要だ!」


「ザップさん、僕も『アホスープ』つて聞いた事があります」


「え、何っ、本当なのか?」


「実家のなんかの本で読んだ事があります」


 ラパンの実家と言えば魔道都市アウフの王宮。アホスープって実在するのか?


「ご主人ひどいですね、私の事疑ったのですか?」


「すまん、普通疑うだろ。それで『アホスープ』って何なんだ?」


「嫌だなーご主人様、私が知ってる訳無いじゃないですか」


 アンの言動がなんかとてもイラッとする。


「ラパン、こいつしめていいか?」


「セクハラにならない範囲でお願いします」


 僕はラパンの許可をとったので、気が済むまでアンの角を小突いてやった。アン言うには直接頭に響くので結構痛いらしい。なんでアンがスープの名前を知っていたかと言うと昔マイに聞いたそうだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「…とっても…美味しい…」


 スープを口にした、マイの目から涙がこぼれる。


「ごめん、ザップ、昔の事思い出して…」


 もしかして、悪い事したか…


 そうか、マイにとってはこのスープは僕との出会いのスープであると同時に、亡くなったマイの前の雇い主たちとの別れのスープだったのか…


 少し考えればわかったはずだ。マイがなんで作らなかったのか…



 導師ジブルの情報収集能力で、アホスープは解析された。ニンニクと玉ねぎをしっかり炒めたものを入れたスープだった。アホとは異世界スペインという国の言葉でニンニクの事らしい。



「マイ、すまない…」


「ううん、ありがとう。けど、びっくりした…」


「悲しい別れだったけど、ザップ達に会えた。あたし、また、スープつくるわね…」


「ああ…」


 僕はアホだ。何も考えてなかった。いつもだ。いつも考えが足りてない。

 けど、アホの作った『アホスープ』を、マイは笑顔で美味しそうに全部飲んでくれた。悲しいはずなのに。

 僕は目頭が熱くなるのを歯を食いしばり必死で堪えた。


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