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 普通の冒険


「なあ、俺達と一緒にいかねーか?」


 真新しい皮の鎧に腰から剣を下げた愛嬌のある顔の少年が神官衣をまとった清楚な少女に話しかけた。


「えっ、私ですか?」


 少女の顔に喜色が浮かぶ。少女はたった今冒険者ギルドで受付を済ませた所だ。今から共に旅する仲間を探そうと思ってた時に渡りに船だ。

 少女は幼い時から神殿で学び、癒しと祝福の奇跡を手に入れ三千世界をより見て回り更なる奇跡を手に入れるべく神殿を後にしここに至る。


「もしかして、他にもお仲間はいらっしゃるのですか?」


「ああ、学院出身の魔法使いと、野伏レンジャーの弓使いがいる。そして俺が戦士だ」


 戦士少年から少し離れた所に魔道士学園のローブを纏った華やか少女と、皮のジャケットを着た弓を担いだ男の子みたいな少女がいて微笑みながら神官少女に手を振る。

 そして戦士少年は神官少女に右手を差し出す。

 神官少女は、このパーティーが戦士少年しか男性が居ない事に少し不安を覚えたが、逆に女の子が多い事に安心する。冒険者になるにあたり女性が居るパーティーに入りたいと望んでいた事であるし。

 少し逡巡して、神官少女は戦士少年の差し出した手を握り返した。




「だから、安心しなよ、ゴブリンなんて楽勝だ。何匹来ようと俺の剣の錆にしてやるよ」


「はいはい、追っ払った事があるんでしょ」


 戦士少年に魔法使い少女が答える。神官少女はもっと調査してから進んだ方がいいのではと進言したのだが、戦士少年に軽く流された。


「まあ、そうね、ゴブリンなんて子供くらいの背丈しかないし、大っきな猪より弱いっていうもんね、ゴブリンに殺される冒険者って結構いるらしいけどどんだけ弱いんだろ、訳解んないね」


 野伏少女が弓の弦の具合を確かめながら口を開く。


「ちょっと、ちょっと、見てみて、あそこじゃない?」


 魔法使い少女が興奮して指差した方を見ると、ぽっかり開いた洞窟の入り口にサンダルが片っ方落ちている。


 今回彼らが受けた依頼はゴブリン退治、村のそばに住み着いたゴブリンの駆除だったが、村につくなり村長に村娘が攫われたから助けて欲しいと泣きつかれた。ゴブリンやオーク退治の依頼では新人、特に女性の冒険者は掴まったら繁殖を加速させるために嫌がられるものだが、それも気にならないくらいに切羽つまっているみたいだった。

 それを聞くなり正義感にかられ戦士少年は荷物を村長宅に預け、ゴブリンがいる森へと駆け出して全員それに続いた。ゴブリンは森の中の幾つもある昔の横穴住居群の何処かに居ると言う事だった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「だれか…たすけて…」


 どうしてこうなったの…


 涙でにじむ視界の中、大柄なゴブリンがにじり寄ってくる。彼には神官少女を殺す気は無い。輪になったゴブリンが少女を囲んでいて逃げようとしたら中に押し戻される。大柄なゴブリンは少女を平手で打ち据え、少しづつ服を破いて剥いでいく。もう戦いは終わり、戦利品である神官少女で遊んでいるのだ。


 サンダルがあった洞窟の入り口は人が2人くらい並んで歩ける大きさだったが、通路は先に行くほど広くなっていった。そしてゴブリンの集団の襲来。ゴブリンにしては、しっかりとした武装をしていた。大勢で少数を囲める所に誘い込まれた事に気付いても後の祭。戦士が前衛、野伏と魔法使いが下がり迎撃するが、上手くいったのは最初だけ、魔法と矢で数体は仕留めるものも、囲まれそうになり、洞窟の奥に逃走することになる。途中戦士は追いつかれ幾本もの剣と槍に貫かれる。そして、野伏も倒れ、魔法使いも掴まる。程なくして神官少女も追いつかれ囲まれる。


「神よ…」


 少女は全てを諦めて手を合わせ洞窟の入り口の方を向き祈る。神が在るのは暗い洞窟ではなく、光に包まれた地上だと思われるから。


「祈る前に足搔け、死ぬまで諦めるな」


 少女の前に逃走した時に落としたはずの杖が転がってくる。その元を見ると篝火に照らされた影、ゴブリンではなく人間位の大きさがある。ゆらりとした前屈みの姿勢で巨大な球体がついた棒を担いでいる。トロール?ゴブリンの次は人語を解するトロールが現れたのか?


「ギャギャギャギヤーッ!」


 少女をいたぶっていた大きなゴブリンが歯を向き威嚇する。少女は魔物達が敵対してる事に安堵する。


 トロールでは無かった。


 トロールなんて可愛い存在ものでは無かった。


 悪魔!


 悪鬼羅刹!


 死の精霊アポカリプス


 三千世界の破壊と混沌を司る者の全ての名前が少女の頭をよぎる。少女はいつの間にか地べたに直座りしていて、そこが自分により生暖かくなっている事に気付く。背筋に冷たい何かを差し込まれたみたいで体に力が入らない。でも、アレは言ったのだ。『足搔け』と…

 飛び散るゴブリンだった肉片を見ながら、彼女は杖を手に立ち上がる。アレに逆らうのはまずい。自分の体を作る全てのものが警鐘を鳴らしている。ゴブリンが近づいてくるのを杖で殴り倒す。アレ、いやあの御方の気を損ねないためには戦うしかない。怖いものは何もない。少女のそばで死を撒き散らしている御方に比べたらゴブリンなんて路傍の石ころ以下だ。


 少女にとっては長い時間だったのだろうが、実際には少しの間で息をしているゴブリンは居なくなった。至る所にゴブリンだったものが散乱している。


「連れてきたわよーっ」


 声の方を見て神官少女は息をのむ。薄着で目を見張るほど整った容姿の女性が少女の元に仲間達を連れてきた。その女性の頭をには猫のような耳がある。

 あれではもう助からないだろうと思われていた少年戦士、傷ついたはずの野伏少女、ゴブリンに囲まれた魔法使い少女。何故かみんな無事だ。服はボロボロだけど普通に歩いている。神官少女はどんな奇跡が起こったのか解らないが心の底から喜んだ。


「全員並べ」


 低い声であの御方が冒険者達に命令する。訳も解らず、4人は横に並ぶ。



「グボッ!」


「グェッ!」


「ギャッ!」


「オボゥ!」


 冒険者4人はその御方に顔をぶん殴られ鼻血を撒き散らしながら吹っ飛ばされる。ゴブリンにやられて、助けて貰って、ぶん殴られる。冒険者達は訳が解らない。ただとてつもなく痛い。間違いなく鼻は折れているし下手したら頭がい骨が陥没してるかもしれない。野伏少女と魔法使い少女はそこそこに自分の器量には自信があったので、それを躊躇いなく殴りつけた男の正気を疑った。


「あーあ、ご主人様、激激おこですね。しっかり色々調べないから」


 小柄なこれもまた、お伽話に出て来る妖精のように可憐な2本の角の生えた少女が冒険者達を助け起こしていく。少女の角の1本は折れている。

 助け起こされて冒険者達は驚愕する。殴られた顔が治癒している。残ったのは鼻血の跡だけだ。


「どうして殴られたかは、自分で考えろ」


 男は冒険者達に背を向ける。


「待って下さい!攫われた村娘はどうなったんですか?」


 戦士少年が男に問いかける。


「元々いねーよ、そんなもん」


 面倒くさそうに男は振り返る。戦士少年はうろたえる。けど男が少年を見るその目はとても優しく見えた。


「俺、強くなりたいです!」


 戦士少年は前に出る。


「知るか、まずは迷宮でスライムや大鼠を死ぬほど倒せ」


「解りましたっ!名前、せめてお名前だけでも!」


「自分で考えろ」


 男は冒険者達に背を向ける。


「村長たち役人に突き出してきたわよー」


 入り口の方から幼い女の子が走ってきた。そして男達は洞窟の入り口の方に消えて行った。

 神官少女はやっと自分が助かった事に胸をなで下ろした。


 冒険者達は散乱してるゴブリンの死骸から討伐証明になる右耳を集めギルドに戻り事の詳細を耳にした。討伐報酬は助けてくれた冒険者が譲ってくれたそうだ。

 例の村の村長はゴブリンロードと結託して冒険者をゴブリンの巣に誘導したそうだ。弱そうな冒険者だけを送り出して、ゴブリンは食糧とその装備と女性、村長は死んだ冒険者の荷物を手に入れるというあくどい事をやっていたそうだ。

 何組もの冒険者が消息を絶つのを不審に思ったギルド職員がとある冒険者に確認の依頼を頼んだそうだ。その冒険者の名前を聞いた駆け出し冒険者達は心にそれを刻んだ。自分達の目標として。その名前は…


『最強の荷物持ち、猿人間モンキーマンザップ』と言う。

 


 

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