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 コロシアム


「それでは、只今から、ザップ・グッドフェロー氏の昇格試験を始めたいと思います!」


 実況のアナウンスが場内に鳴り響く。すり鉢状の観客席は総満員で、割れんばかりの歓声が巻き起こる。ああ、家に帰りたい……



 ここは傭兵都市オリバンの中央にあるコロシアム。普段は剣闘の大会とか、色んな催し事などが行われている。

 先日、冒険者のランク昇格試験を断ったんだが、マイのしつこい勧誘に負けて受ける事にした。

 僕はSランクの昇格試験を受ける事になり、それに対応した魔物と戦う事になるそうだが、どうやってSランクに値する魔物を手に入れるのだろうか?

 迷宮都市には激しすぎる戦いに耐えうる施設がないという事で、傭兵都市のコロシアムを魔道都市の魔法使い達に結界で強化して使うという事になった。

 決められた日時にコロシアムに向かうと、その途中、妙な事に気付いた。人がいない、店々が臨時休業している。訝しがりながらコロシアムに近づくとその理由に気付くいた。コロシアムの壁に貼り付けられた巨大な四角いものに景色が映し出されている。コロシアムの中の闘技場だ。コロシアムの回りは空き地になっているのだが、その闘技場が映し出されている魔道具?の前に芋洗い状態で人だかりが出来ている。この暑い中大丈夫なのか?

 そしてそれを幾つもの屋台が囲んでいる。かき氷の屋台が僕を誘惑する。けど、今はそんな気分じゃない。


「え、ザップ、あそこで試験受けるんでしょ、何これ、人集まりすぎでしょ……」


 マイが絶句している。ちなみに、他の連中は用事が有るとの事で、今日はマイと二人っきりだ。余りに人混みがすごいので、僕はマイの手を握っている。すこし、否、結構嬉しい。


「たいしたことないな」


 僕は余裕をみせる。


「ザップ、手、すごいよ、手汗で……」


 はい、本当は勘弁してほしいです。薄暗い地下室とかで、ひんやり読書しときたい気分です。暑いし、人いきれ凄まじいし、なんか僕もじんわり汗かいくるし…


 そんなこんなで、人混みをかき分けてコロシアムの中に入り、控え室に通されて出番を待たされた。外からは定期的に地響きのような歓声がする。


「マイ、お酒もってないか?」


「だめ!試験官殺しちゃうかもしれないでしょ!」


 マイにプチおこされる。そうだな酒に逃げても何も解決しない。

 試験まで日数長いなと思ったらこんな事の準備していたのか。間違いなく僕の仲間達の幾人かは加担している事だろう。アンは間違いないな。

 僕は収納からマスクを出してつける。さすがにこの人数の中、素顔で出るのはまずい。この街に来られなくなってしまう。これで、少しは緊張が緩和されるだろう。


 バシッ!


「ザップ、頑張ってね、応援してるから」


 マイが僕の背中を叩いた。これで僕はふっ切れた。どれだけ人がいようが関係ない。自分が出来る事をやるだけだ。


 そして出番が来て、コロシアムの闘技場に登る。僕は闘技場は円形で石畳で他よりも高くなっている。アナウンサーが僕を紹介してくれて右手を上げる。アナウンサーは声からして、多分妖精のミネアだろう。


 僕が登場した花道と反対側から僕の試験官が現れる。とたんにコロシアムは大熱狂に包まれる。


「今回のSランクの試験官、アイローンボーさんです!」


 大地を揺らしながら、山のような大きさの生き物が現れる。ゴツゴツした体にトカゲのような姿、頭には2本の角が生えており、1本は折れている。

 アンだ。あいつ何してんだか。そういえば前も剣闘士とここで八百長試合してたな。もしかして目立つの大好きなのか?


 けど、今回のミッションは難易度が高い。これだけの観客を楽しませないといけない。やっぱり、やられて、やられて、やられて、立ち上がり、立ち上がり、立ち上がり大技で逆転って感じで行くか。僕は一度闘技場を降りてマイと軽く打ち合わせをする。


 そして、闘技場に登り、アンと対峙する。


「それでは試合開始!」


 ミネアの声が響き渡り、辺りは大熱狂に包まれる。


「ギャオオオオオオーッ!」


 まずはアンが天空に向かって吼える。威圧効果のない鑑賞用のやつだ。それが終わるのを構えて待つ。


「ゴオオオオオオーッ」


 次はアンが口を開き、その中で爆炎が渦巻き一直線に僕に向かって吐き出される。


「おおっと、ドラゴンのアイロン、ブレスを吐きましたーっ!けど大丈夫です客席は魔道都市アウフの大陸屈指の魔法使いの方達が強力な結界をはっています!」


 ミネアの声が響く。他のクズドラゴンとアンの大きな違いのうちの1つは、そのブレスの継続能力だ。それを擦らせるようにかわす。少しあてる事で上手いこと服に焼け跡を作る。アンが口を回してブレスで僕を追っかけるのをポータルを足場にして蹴りながらかわしていく。少しづつ体に焦げあとを作るのは忘れない。ブレスは客席にも向かうが結界で阻まれている。ナイス、魔法使い達。

 僕はブレスをかわしながら近づき、アンの首筋に手刀を放つ。当たる瞬間に減速させて当たった瞬間に押してやる。ノーダメージに近い攻撃だが、見た者には凄まじい威力の手刀でアンが吹っ飛ばされたようにしか見えない。ドラゴンという生き物は意外にデリケートだから本気でやったら一撃で首がもげかねない。今回の目的は観客を楽しませる事で、こいつをぶっ殺すことじゃないからな。ん、なんか間違ってる気もするが、まあ、いいか。

 吹っ飛ばされたアンが立ち上がり、ここからはドッグファイトだ。

 アンが大きなモーションで腕を振り上げ打ち落としてくる。テレフォンパンチだ、これを受け止めろという意思を感じる。ああ受け止めるとも。僕は騎馬立ちで両腕で頭をガードする。


 ゴツッ!


 僕に巨大な腕が振り下ろされる。なんとか踏み留まる。ほう、いい攻撃だな。僕に右、左、右とアンの攻撃が襲いかかる。後ずさりながら耐えていく。


「おおっと、ドラゴンの猛攻の前にザップなすすべなし!防戦一方だーっ!」


 ミネアが気の利いたナレーションをする。会場はどよめく。次はそろそろ反撃するか。いや、まだ早い。

 アンの右手をかわすと勢い余ってアンは回転するが、次はその丸太のような尻尾が僕に襲いかかる。僕はそれをまともに食らい、体を浮かせてまるで放たれた矢のように吹っ飛ばされてコロシアムの壁に打ち付けられる。そしてそこにアンの吐いた火球が迫り僕を包み込む。咄嗟に顔の回りだけはポータルでガードする。


「おおっと!ドラゴンの猛攻の前にザップ戦闘不能なのかーっ!」


 炎に包まれ纏いながら僕は立ちあがる。うん、これはインパクトある絵なはずだ。僕は収納から出したミノタウロスの腰巻きを振り回して火を消しそれを纏い闘技場に戻る。


「なんと、炎をものともせず、ザップ前に進んでます。本当に彼は人間なのでしょうか。けど間違いなく人間なのです。人間は己を研鑽する事でドラゴンのブレスにも耐えられるようになるのです!」


 割れんばかりの歓声に包まれる。よし、これからは僕のターンだな。


「ドウリャアアアッ!」


 僕は飛びだして、アンの腕をかいくぐりながら、殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!当然ダメージよりも押すことを目的とした攻撃ばかりだ。

 そして右手を引いて高らかと跳び上がり、アンに向けて止めの一撃を加えようとする。アンは僕を見据え振り上げた右手で僕をはたき落とす。地面に叩きつけられるときに地面を殴り爆ぜさせて派手な演出を追加する。地面にのめり込んだ僕を上からアンが数回叩いて動かない僕を口に咥える。


「思いっきり噛め」


 僕は囁く。アンは噛みついてくるが全く歯が立たない。貧弱な奴だ。しばらくご飯は固い肉確定だな。しょうが無いので僕はアンの牙を掴み自分にある程度刺す。これでリアリティが増したはずだ。そろそろ準備出来たはずだ。


 アンは僕を咥えて首を上げる。


「グゥアアアアアアッ!」


 僕は大袈裟に叫ぶ。会場がどよめきに包まれる。


「おおっと、ザップ、とうとう竜の顎に掴まりました。やはり、ドラゴンの前には人間は無力なものなのでしょうか?」


 いい感じでミネアが会場を温めてくれている。結果を知っているはずなのに、いいナレーションだ。


「ザーーーーップ!」


 拡声魔道具からマイの叫びがこだまする。


「皆さん、応援、ザップを応援して下さい。彼はもう意識を失う寸前です。皆様の応援が届けばきっと彼はもう一度立ち上がってくれるはずです。彼の耳に声を届けましょう。右、左、足踏みの次に拍手と一緒にザップと叫んで下さい!」


 ドン、ドン、ザップ!


 ドン、ドン、ザップ!


 マイが実演する。それに観客が合わせ始める。


 ドン、ドン、ザップ!


 ドン、ドン、ザップ!


 ゴン、ゴン、ザップ!


 ゴン、ゴン、ザップ!


 ビートとザップコールが辺りを揺るがす。


 ズゴン!ズゴン!ザップ!


 ズゴン!ズゴン!ザップ!


 明らかに音が変わる。コロシアム外の人々も僕を応援し始めた。大地が割れんばかりのビートに包まれる。今、会場というより、傭兵都市の全てが1つとなって僕を応援している。吟遊詩人のパムから教えて貰った盛り上げ方だけど、効果覿面過ぎるだろう。体にビリビリと音が届く。

 僕はゆっくりとアンの口をこじ開けて地上に着地する。そして、しばらく対峙する。アンが右手を振り上げ攻撃するのを拳で打ち落とす。


「ザップ!復活!復活だーっ!応援が応援がザップに力を与えたみたいです」


 ミネアの興奮した声が響く。


 アンの振るう攻撃を正面から拳で迎撃していく。会場の熱気はマックスだ!


 僕はアンの攻撃をかいくぐり後ろにまわり、そのしっぽを掴む。そして全身に力を入れ回り始める。最初は大きな円を引きずるように描き、アンの体が浮いたのを確認して足の描く円を小さくして、最終的にはその場で回り始める。


『ジャイアント・スイング』


 僕は回転をどんどん早くしていく。


 ドゴン!ドゴン!ザップ!


 ドゴン!ドゴン!ザップ!


 観客の足踏みで大地が揺れる。しばらく会場との一体感を楽しんだあと、僕はアンを放り投げる。


 ドゴーン!


 アンは放物線を描いてコロシアムの壁にぶち当たり、動かなくなる。


「ザップ、ザップ・グッドフェロー。勝利です!」


 僕は両手を上に上げ、勝利のポーズを決める。ザップコールは止み、当たり前は熱狂に包まれる。


「逆転!逆転!大逆転!ラスト5秒の逆転ファイターです」


 興奮したミネアの声が響きわたるが、すぐに会場の声援にかき消される。

 

「この闘技場にまた、新たな伝説が生まれましたーっ!皆様、拍手、拍手をお願いします」

 

 負けじとミネアは声を張り、辺りは激しいスコールのような拍手の豪雨に包まれる。


 僕は観客席全てをゆっくりと見渡し手を振り続ける。観客席から飛び降りたマイが僕の方に走って来て僕の胸に飛び込んでくる。僕はマイを抱きしめぐるぐる回ったあと、回りながらマイの両脇の下に手を入れて持ち上げて回す。一瞬ジャイアントスイングに変更しようと思うが思いとどまる。多分ウケない。そして、マイを降ろし、客席に手を振る。


 確かにしばらくの間、会場、場外の人々と、僕は1つになった。大成功だ。


 鳴り止まぬ拍手の中感動しながら僕は控え室を目指した。



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