乗馬
「馬に乗りたい!」
僕の言葉にみんな注目する。
「なによ、ザップ唐突に?」
マイが雑誌から目を離して僕を見る。
「俺は今まで、馬に乗った事が無い。これから乗る必要に迫られる事があるかもしれないから、練習したいと思う。ところで、お前らは馬に乗れるのか?」
物語に出てくる騎士や勇者は基本的に何かあったら馬で駆けつけてくる。今の僕に足りていないのは馬のような気がする。猿人間とか猿魔王とかそう言う2つ名を返上してイメージ改革するためにも必ず馬は必需品だ。出来れば白がいい。うん、白がいい。
「私は馬くらい乗れますよ、ドラゴンですから」
ドラゴンの化身アンがドヤるけど、なんか嘘っぽい。ドラゴンが馬に乗るとか聞いた事がない。こいつの事だから食べるの間違いだろう。
「あたしは、旅してたから乗れるわ」
うん、マイはそうだろうな。諸国を旅してたみたいだから、今まで普通に馬に乗ってきた事だろう。
「僕も乗れるニャー。パレードの時に乗るからね」
ホルスタイン柄の猫のモフちゃんが口を開く。パレードって何のパレードなのか気になるが、魔国の事なので多分ロクな事ではないだろう。それにしても猫なのにモフちゃんも馬に乗れるのか。馬に乗る猫、うん可愛らしい。
「じゃ、ザップ、馬を借りて町の外で練習してみる?」
そう言うとマイは立ち上がる。さすが話が早い。僕達は町の外れの貸し馬屋で1頭の馬を借りた。残念ながら馬の色は灰色だ。まあ、この際色の事はどうでもいい。目的は僕が華麗に馬を乗りこなせるようになる事だ。街道から少し離れた人が来ない所に行き乗馬の練習を始めた。
まずはマイが乗る。モフちゃんを抱っこしながら普通に無難に乗れている。マイの猫耳のぴこぴこ具合から結構楽しんでるみたいだ。
次はアンが乗る。乗っているというかしがみついている。けど無難だな。何か派手な事やらかしてくれるかもと思ってたのに、今日は何もなしみたいだ。
そして僕が乗る……
確かに華麗に乗るというかまたがってはいる。けど、馬は動かない。ウンともスンとも言いもしない。馬はがちがちに固くなっている。
マイと代わる。普通に馬は歩く。
アンとも代わる。普通に馬は歩く。
モフちゃんも1匹で乗る。普通に馬は歩く。
「なんで俺が乗ったときだけ歩かないんだ ?」
もしかして、こいつは男は乗せないとかそう言うポリシーのある馬なのか?
また、騎乗してみる。動かない。
「ザップ、言いにくんだけど、多分ザップに怯えているんだと思うわ。ザップ、馬の気分で考えてみて、どんな馬でも背中に魔王を乗せて命の危険がある状態に陥ったら動けなくなると思うわ」
馬は頭がいいらしいから、マイが言った通り、僕の実力に怯えているのかもしれない。まさか、魔王イメージ払拭する予定が、その魔王イメージに邪魔をされるとは。
マイがこの馬は厩舎で一番気が強い奴だと言っていた。そいつがこうなら多分僕を乗せて走ってくれる馬はこの世にいないのかもしれない。
「ザップさん、ザップさーん」
遠くから導師ジブルがかけてくる。見た目幼女なのに何気に足が速い。多分馬よりも走るのが速そうだ。もしかして僕らには馬は不要なのではないか?
「はぁはぁ、こんな事もあろうかと思って、魔道ギルドから魔道具を借りてきました」
ジブルが僕に小さな笛を差しだす。
「ザップさんでも乗せてくれる馬を呼ぶ笛です。あ、しっかり洗って消毒してますよ」
笛を見て、露骨に嫌な顔したのを突っ込まれる。さすがに誰が口にしたのかわからない笛を吹くのは落ちてる物を拾って口に入れるみたいで気持ち悪い。けど、消毒してあるというジブルの言葉を信じる。
「ピィーーーッ!」
笛を吹くと甲高い音が鳴り響く。そして遠くから砂煙を上げて1頭の馬が近づいて来る。
「死霊騎士の馬を呼ぶ笛です」
ジブルがドヤる。
僕の目の前に1頭の巨大な馬が来た。けど、残念な事にその首は無い。こんなのにのってたらイメージがまた悪くなる。僕ですら正直夢で見てうなされそうだ。
まあ、走ればいいか。僕は馬より走るの速い訳だし……
僕は馬に乗るのは諦める事にした。多分世界の何処かには、まだ見たことのない僕にふさわしい騎獣がいるはずだ。