犬の散歩
「ザップさん、お久しぶりです。もしよかっからX依頼受けていただけませんか?」
ギルドに入るなり、職員のブルに呼び止められた。ブルと言うのは彼のあだ名で、ギルド職員なのにやたら身なりがいいんで誰となく『ブルジョワ』と呼び始め、短くなってブルになった。中年にさしかかった背の高い男で、真面目でやたら腰が低く冒険者達からは慕われている。
掲示板に張り出された依頼の管理をしていて、彼の言うX依頼と言うのは、長い事張り出していても誰も引き受けなかったものなどだ。やたら危険なもの。引き受けたら金銭的に採算が合わないもの。不可能だと思えるものなどがこうなりやすい。
「まあ、見るだけならいいが」
「では準備しますのでこちらにお願いします」
僕達はブルに奥の部屋に連れて行かれた。
因みに今日は、冒険者として稼ぐために王都に来ている。海や山に遊びに行くためにしばらくガンガン稼ぐ予定だ。マイとドラゴンの化身アンと、あと猫のモフちゃんをマイが抱いている。暑そうだ。
長机の前の椅子に座って待ってると、ブルが僕らの前に10枚くらいの紙切れを置く。ほとんどが依頼内容と金額が合ってないものばかりで採集系のものばかりだ。人命に関わるようなものなどは無い。その中の一枚に僕の目が止まる。
『犬の散歩をお願いします。屈強な方求む。大金貨1枚』
「なんだこれ?」
僕はブルにその依頼を見せる。
「ああ、それですね、飼っていた犬が大きく凶暴になりすぎて、その散歩を頼みたいという依頼です。最初は小金貨1枚だったのですが、依頼主が1枚づつ増やしていって大金貨1枚になりました。きちんとした貴族の方からの依頼なのですが、金額が破格なので本当に散歩するのが犬なのかどうか訝しがって誰も引き受けてくれないのですよ」
まあ、そうだな、犬の散歩でそんなにお金を払うって事はかなり危険だと言うことだ。かなり凶暴な犬なんだろう。まぁけど所詮犬だしな。
「ザップ、これやってみましょう」
マイも乗り気みたいなので、僕達はその依頼を受ける事にした。
「下町で飼った犬が大きくなりすぎてね、今は地下で飼ってるんだけど、最近散歩をさせてないので、近くの森に連れてってしばらく遊ばせてほしいんだ。あ、そうそう遊ぶ時にはリードははずしてもいいからね」
依頼主は髭を生やしたダンディーなおっさんだった。おっさんから犬の口輪と檻の鍵を受け取って地下に向かう。やたら口輪がデカイ。もうこの時には薄々気付いていた。
「ヘルハウンドですね」
アンが呟く。
「うん、ヘルハウンドね、しかもかなり立派な」
マイがヘルハウンドの吐いた火球をかわしながら言う。
地下室は鉄格子で区切ってあって、奥にやたらでっかいヘルハウンドがいる。まあ、間違ってはいない。確かに犬ではあるな……
人間がたっぷり餌をあげたら魔物ってデカくなるんだな。
「で、ザップどうするの?」
マイが僕にジト目で問いかける。依頼主に呆れているのだろう。
「ヘルハウンドの討伐で大金貨1枚はケチりすぎだろ。そうだな、依頼主の希望通りにしてやるよ」
僕は鉄格子を鍵で開け襲いかかってきたビッグヘルハウンドを軽く殴り倒して口輪をはめる。一応殺してはいない。犬の両手両足を収納から出したロープで括って、それを担いで依頼主の部屋に行く。
「じゃあ、散歩に行ってくる。森にこいつを放って遊ばせてやったら依頼終了でいいな」
「あ、ああそれでいい……」
僕はにこやかに笑ってるのに、おっさんはガクブルしている。失礼だな。
そのあと僕は犬を担いで大通りを通って城門から出た。悪目立ちして人垣が出来たけど、マイとアンが貴族の犬の散歩に行くという事を大声で説明してくれた。
そして遠巻きにギャラリーが見てる中、手近な森に犬を放ち、少し可哀相だけど、即座に退治した。ヘルハウンドは火を吐く故に、見かけたら冒険者には通報、討伐の義務がある。大火災を防ぐためだ。
そしてヘルハウンドの死骸を担いでギルドに戻り報酬をもらった。しばらくして、依頼人の貴族が掴まったという噂を耳にした。危険な魔物を飼っていた事でだろう。
たぶん貴族の家でヘルハウンドを討伐してたらなんやかんやいちゃもんつけられたと思うし、受けたのが僕達じゃなかったら命の危険もあったと思うので悪質だ。しかも何かあったら権力でもみ消すつもりだったのだろう。依頼自体には嘘は無かったし。
まぁ、正直が一番という事だろう。僕達は馬鹿正直に依頼をこなした事だしね。