山嵐
「助けてくれーっ……」
震えながら声を漏らし、僕は記憶を辿って、今まで生きて来て出会った1番恐ろしい存在を心に描く。
怒ったマイ。
怒り心頭で、その愛すべき猫耳がぷるぷると震え、真っ赤な顔で僕を睨みつけている。
最近はマイが激怒したのを見た記憶が無い。
いつの記憶だろうか?
そうだこの1番鮮烈な記憶は、僕とドラゴンの化身アンが初めて出会った時だ。
僕がドラゴンに逢いに行くと言ったのに、実は可憐な美少女にエッチな悪戯をして虐めていたのではとマイが勘違いした時、それはそれはマイは激怒した。
なんか辺りの気温が気のせいか冷たく感じたのを思い出す。あの時確かに僕は命の危険を感じた。なんか下半身の方がきゅっとなって背筋の方から冷たくものがこみ上げて、肌が粟立ち、自分という存在のちっぽけさを感じたものだ。初めてドラゴンのアンに遭って命の危険を感じた時よりも恐ろしかった。
その時の事を心につよく思い出すと、僕は膝が笑い、力が抜け、色んな所から変な汗が染み出してくる。
その僕の恐怖の対象であるマイは何しているのかというと、遙か後方の丘で地面に敷物を敷いて、ドラゴンの化身アンと、ホルスタイン柄の可愛い猫のモフちゃんと床に座ってお菓子とジュースを飲みながら僕の戦いを観戦している。ピクニックかよ。
僕の前にはゴブリンの軍隊がいる。僕の全てのコネを使って見つけ出した、貴重な魔物の大発生だ。あと少し見つけるのが遅れていたら帝国か王国の軍隊に蹴散らされていた事だろう。ゴブリンのの軍隊と言っても100匹前後しかいないと思われる。ゴブリン王をしんがりに、ゴブリンなのに寂然と隊列を組んでいる。かなりカリスマの高い王なのだろう。ちょっとかっこいいな。
その、ゴブリンの軍隊の前に僕は飛び出した。何も小細工せずに突っ込んだら、僕を見ただけで恐慌状態に陥るので、今日はフレンドリーな方向性ではなく、怯えた子羊イメージで行かせて貰う事にした。
僕はいい感じでガクブルしまくる。しかも今日の服は、マイ特製の『魔物に襲われて命からがら逃げ出した村人Aの服』だ。至る所は綻び穴が空き血のりがついている。
「ギャギャギャギャッ!」
よし、ひっかかった。
最初は怪訝そうに僕を見ていたゴブリンたちは、しばらく僕を見ると、各々武器を手に僕に駆け寄って来る。村を蹂躙する前に僕を血祭りにするつもりだろう。
ゴブリンの1番槍がとどくギリギリで、僕は収納から、先日新しく手に入れた剣を取り出す。
『絶剣山殺し』
魔国から買ったべらぼうな金額で、べらぼうに長い大剣。剣身が30メートル程あるロマンというかお馬鹿武器だ。それを後方から横凪ぎに振り抜く。
「秘剣山嵐!」
適当につけた名前を叫び、僕を中心にそのお馬鹿剣をただ全力でぐるぐる回す。最初の一撃でほとんどのゴブリンは体が2つに分かれたが、勘のいい奴は跳び上がり剣を躱した。けど、下策だ。そいつらが着地する前には一回転した剣がまた襲いかかる。生き残りを目で追いながらぐるぐる回り剣を振るう。
しばらく後には、立っているゴブリンは居なくなった。
僕の新たな武器、絶剣山殺しは鮮烈なデビューを果たした。いつになったらお金のもとをとれるのだろうか?