ドラゴン・イン・ザ・コロシアム
「お綺麗な奥様、それではどちらの方にベットされますか?」
ちょび髭を生やした男、コロシアムのフォーチュンカード売り場の男がマイに笑顔を送る。気をよくしたのかマイは微笑んで口を開く。
「ありがとう、当然ドラゴンに小金貨1枚賭けるわ」
コロシアムの勝者を予想してお金を賭けたチケットは、ここ傭兵都市オリバンではフォーチュンチケットと呼ばれている。
賭け事など普通はしないマイだけど、ほぼ勝ちが確定している博打だからそのきつい財布のひもが解けたのだろう。ギャンブルには必勝は無いのにな。
今朝の事だが、珍しく早起きしたドラゴンの化身アンがなんか落ち着かなくしてると思うと、今日は用事が有るっていって家を後にした。
僕とマイはなんかおかしいと思って後をつけたら、魔王リナが作ったワープポータルを通ってアンは傭兵都市オリバンに入って行った。オリバンに来たのは初めてだけど、城壁から飛びだして見える、世界一大きなコロシアムがあるからすぐにわかった。
そういえば最近アンは外出する事が多いと思ったらここに来ていたのか。
傭兵都市オリバンと言えばコロシアムでの剣闘。もしかしたら小遣い稼ぎの為に剣闘士などしているのかもしれない。これは面白そうだ。
「なんか最近、アンちゃんおかしかったもんね、今朝なんかミネアにお金渡していたし……もしかして非行にはしっちゃったりしていたりして」
ミネアにお金を渡していた?妖精のミネア、イコール非行の図式には僕は賛成だ。ほんとにはた迷惑な奴だからな。あ、アンもあんまりかわらないか?
「うん、どら息子ならぬ、どらドラゴンになってるかもな」
「うーん、20点」
マイの採点は辛口だ。
そういえば今朝はミネアもいたのにいつの間にかいなくなっていた。なんか引っかかるな?僕は抱っこしてきた猫のモフちゃんを撫でながら考える。
そして、多分アンが向かっただろうコロシアムに着いた時、僕とマイは一瞬呆けてしまった。
『チャンピオンVSドラゴン!』
コロシアムの建物にデカデカと垂れ幕や横幕などがかけてあり、その字が大きく躍っていた。
コロシアムに入場料を払って中に入る。チケットは完売寸前で僕らは立ち見席だ。しょうが無いがチケットが手に入っただけでも御の字だろう。せっかくなので賭けも楽しもうとマイを口説きおとしてフォーチュンチケット売り場に来た所だ。
「ザップ、ちょっとここで待ってて」
マイが走り去る。チャンス!僕はへそくりを取り出してチケットを買った。
「それでは本日のメインイベント、コロシアムの英雄カーシュVSドラゴン始まります!」
良く通る女性のアナウンスが鳴り響く。多分、拡声の魔道具だろう。
雷のような声援の中、コロシアムに1人の男が降り立つ。僕達立ち見席からはかろうじて、上半身裸で大剣を持ってる事しか解らない。
「ギャオオオオーッ!」
チャンピオンが出て来た反対の通路から、わざとらしい威圧なしの叫びを上げながらドラゴンが現れた。アンだ。
「まさか、生きてるうちにこの目でドラゴンを見る日がくるとは!なんとこのコロシアムにドラゴンが降臨しました。当然このコロシアム史上初めての事です。私たちは今から伝説の生き証人になるのです!」
テンションの上がったアナウンスが流れる。コロシアムは大熱狂に包まれる。嵐、嵐の中にいるみたいだ!
そして、戦いは始まった。遠すぎて見えにくいが、アンの繰り出す爪、尻尾、顎をチャンピオンはことごとくかわしている。そして的確にアンに攻撃をヒットさせている。
さすがチャンピオン強いな。見たところアンが手を抜いているようには見えない。長い時間、一進一退の攻防が繰り広げられるけど、徐々にチャンピオンは押されていく。アンはオートヒールをもっている。スタミナと継戦能力の差だな。かわしていた攻撃がかするようになりついにはアンの尻尾で吹っ飛ばされる。観客席からは悲鳴が巻き起こる。チャンピオンはかなりの距離宙を舞い、大地に叩きつけられて動かなくなる。
「カーシュ!」
「カーシュ!」
「カーシュ!」
カーシュコールがコロシアムの空気を震わせる。
けど無情にも、倒れたチャンピオンにアンが近づき振り上げた右手を振り下ろす。
すんでの所でチャンピオンは起き上がり大剣でアンの攻撃を受け止める。
「カーシュ!」
「カーシュ!」
「カーシュ!」
観客の心が1つになる。けど、賭けのオッズ的にはほとんどの人達がドラゴンにベットしている。なんか可哀相だ。
観客の声援に後押しされてか、チャンピオンはアンの手を弾き返す。そしてアンの頭に大剣を叩きつける。アンはしばらくふらふらすると、地響きを上げて大地にたおれこむ。そして動かなくなった。
「勝者!チャンピオンカーシュ!ドラゴンスレイヤー、ドラゴンスレイヤーがここに誕生しました!」
コロシアムはまた嵐のような声援に包まれる。チャンピオンは高々と両手を上に上げる。そして、外れたフォーチュンチケットが花吹雪のように宙を舞う。
「あ、負けちゃった」
マイが悲しそうな目をする。なけなしのお金を減らしてしまった事を後悔しているのだろう。
「気にすんな、マイ、じゃ換金して帰るか」
「え、換金?」
「俺は、チャンピオンに賭けてたんだよ、今の試合は八百長だ。アンがこんな簡単に負ける訳ないだろう。多分コロシアムの運営もグルだな」
家に帰ってアンを締め上げると、果たしてミネアを使って全財産をチャンピオンに賭けて大穴で激しく稼いでいた。
どらドラゴンだな……