リザードマン
「こいつをくれないか?」
僕は町の道具屋を物色して、会計をしようとしている。そういえば、ここに来るのは初めてだ。松明数本と袋やローブ、冒険者の必需品を補充に来た。
店員は深く帽子を被った大柄な人物で、顔を上げる。
「カイケイダナ、ワカッタ」
その上げた顔を見てぎょっとする。縦に瞳孔が広がった目にトカゲのような顔。リザードマンだ。ドラゴンに正邪があるのと同様に、その眷族のリザードマンにも友好的な部族もいるという。
「あ、ああ、たのむ」
少し動揺しながら、僕は会計をした。僕は実はリザードマンが苦手だ。そのきっかけになった出来事が頭をよぎる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「水の匂いなのか?」
誰と話す訳でもなく、僕は呟く。声を出さないと僕は僕では無くなってしまうような気がするからだ。
ここは『原始の迷宮』。下層に落ちてしまった僕は、ここから脱出するために上に向かっている。
今はヘルハウンドしか出ない階層を4つ踏破して見つけた階段を登ってきた所だ。そろそろ違う魔物が出てくるのではと思う。何故なら今回の階段は異様に長かったからだ。
水の腐ったような臭いの中、僕は躊躇いなく先に進む。やっと重さに慣れてきて持ち運べるようになったミノタウロスのハンマーを手に、登って来た階段の部屋にある扉を開ける。
ヒュン!
風を切る音がしたかと思った瞬間には僕の右足に激痛が走った。痛みでハンマーを取り落とす。見ると足から木の枝みたいなものが生えている。それが矢だと気づくのには少しの時間を要した。
「ウガッ!」
次の瞬間には右目が熱くなる。何が起こったかわからない。右の視界は闇に包まれ、左目で前を見上げる。エリクサーを痛む所にかけるが治癒しない。自然と溢れた涙で歪んだ視界に4つくらいの影を捉える。何かわからないが敵だ。これはやばい。
ゴゴゴゴゴゴーッ!
僕は収納からドラゴンブレスを出して影が見えなくなるまで焼き尽くした。
そして踵を返し、足を引きずりながら階段に戻り転げるかのように降りて行った。
もう、大丈夫だろう。
階段に座り、現状を確認する。足だけでなく、右目にも矢が刺さっている。足に気を取られて少し俯いていたおかげで命拾いしたみたいだ。目から頬の方に刺さっていて、もし正面から射貫かれていたら、頭の奥まで刺さって即死だったかもしれない。
「グゥオオオオオオーッ」
気合いで痛みを紛らわして、目に刺さった矢を抜く。痛いなんてものじゃない。された事はないが焼きごてを押し付けられているかのように熱い。抜いた矢に何か付いてるみたいだけど、見ないようにして矢を階段の下に投げ捨てる。そしてエリクサーで治療する。
しばらくして完全に回復して、次は足だ。抜けない。返しがうまくはまって筋肉が固まってるのか抜けない。どうしようもなく、収納から斧を出して、その刃で傷口を抉りなんとか矢を抜き癒す。前にも後にも人生で五本の指にはいる激痛だった。
慎重に部屋に戻ると、燃やし尽くしてしまっていたので、敵はなんなのかわからなかった。そして次の遭遇でリザードマンだったと気づく事になる。
扉を開け、通路を進み、また扉にたどり着く。僕は扉を蹴り開けると部屋に入るなり斜め前に駆け出す。
ヒュン!
僕は矢をすり抜け、前方にいる生き物に駆け寄る。3体、屈強な体にトカゲの頭、リザードマンだ。武器は剣と盾、槍、弓。厄介そうな槍の奴をハンマーで殴りつける。まるで地面を殴り付けたような手の感触。槍を持ってたリザードマンは吹っ飛ばされたけど、すぐに立ち上がる。もう矢は勘弁してほしいので、次は駆け出し弓を持ってる奴の弓を狙い叩き壊す。長い長い戦いが始まった。
ミノタウロスが真正面から戦って来たのに対し、リザードマンは狡猾で待ち伏せ、同時攻撃、多彩な連携、様々な種類の武器で僕を苦しめた。
僕の戦闘法はミノタウロスに学んだものだが、戦術はリザードマンが師だ。それ故、リザードマンを見ると自然と身構えてしまう。
けど、それでいいのだと思う。僕は臆病だからあの地獄を生き残れたのだから。