荷物持ち負ける
「ザパンちゃーん、5番テーブルに日替わりランチ2つよろしくーっ!」
マリアさんが、嬉しそうな顔で僕に指示を出す。
破れかぶれ、毒喰はば皿まで!
僕は『ザパン』!
僕は『ザパン』!
僕は『みみずくの横ばい亭』の看板娘だ。今着ているのはここの制服のフリフリのメイド服で、何故か僕のは特注で胸元がやたら開いてる気がする。なんというか、お尻とかがスースーする。スカートってこんなだったのか?
僕は今は決してザップ・グッドフェローではない。自分自身に言い聞かせる。
僕はかつてラパンだった時の事を思い出す。
『くわっ』と目を見開き、最高の笑顔を纏う。
厨房と客室の境目にあるデシャップという料理の置かれた棚から5番テーブルの料理を取る。
「ザパン、5番テーブルに美味しい日替わりランチ行きまーす!」
僕は訳もなくキョドリながら、料理を受け取り、それを5番テーブルに運ぶ。何故だ、ラパンの時は全く問題無かったのに、体がすくむ。気を抜くと手の先が震えそうになる。もしかして、僕は緊張しているのか……
「お、お待たせしました。日替わりランチぶぇす」
僕とした事が舌を噛んでしまう。あの時は記憶がない無垢なラパンだから大丈夫だったのだろう。色々なものを抱えてしまった今の僕にはレストランのウェイトレスは荷が重すぎる。荷物持ちなのに。
「『ぶぇす』って噛んだわね。ぷぷっ!ザパンちゃん可愛い。目が怯えた小動物みたいよ」
5番テーブルのお客さんはマイとアンだ。1番見られたくない2人がからかいに来ているのも、多分僕の緊張に拍車をかけている。
ドキドキして心臓が口から飛び出そう。そんなことあろかい、大袈裟だろと思っていた表現がそうではないって事に気づく。やばい、僕自身が心臓になったみたいだ。
「ザパンちゃん、顔真っ赤よ大丈夫?ちょっとしばらく裏で休んでなさい」
コクコクッ。
僕は頷いて、タッとキッチンの方に駆け出す。調理長から水を受け取り、震える手で口に運ぶ。気を効かせた見習いコックさんが持ってきた椅子に腰掛ける。
「あ、ありがとう……」
お礼も尻すぼみになる。だめだ。ここに居ても恥ずかしい。僕は目を閉じる。女の子って大変だ。僕は動悸を押さえる為に胸に手を当てる。なんか改めて大きい胸部装甲がついている。
今朝の事を思い出す。先日、マイが迷宮都市で冒険者4人から珍しいポーション貰ってそれを飲もうと言うことになった。
その名は『TSポーション』、性別が一日反転するという、超極レアなアイテムだ。
じゃんけんして負けた人が飲もうと言うことになって。この結果だ。しかも、今日はラパンが用事で実家に帰っていて、レストランを誰か手伝って欲しいって言われていたそうで、これを決めるじゃんけんでも負けて今に至る。
僕は大きく息をして心を無にして、レストランに戻る。これしきの事、いままでの人生の中ではたいした事じゃない!
「「「ザパンちゃーん!」」」
呼ばれたテーブルを見ると、少女冒険者4人とラパンもシャリーも、ミネアもリナもナディアもいる。みんな忙しいはずなのに、僕を見るためだけに集まったのだな。
感極まって、僕はその場から逃げだした。