気持ちの悪い朝
「やぁ、久し振りだねザップ君。まぁ、とりあえずこれでも食え。じゃあ、またな」
気持ちの悪いカイゼル髭のおっさんは僕に黄色い柔らかい棒みたいなものを渡すと、僕に背を向けた。
あいつはああいう見かけだが、前に住んでいた町の領主だ。名前は何度聞いても頭に入らなかった。いや、1度も聞いてないような気もする。というか、あんまり関わりたくなかったから、あんまり覚えていない。
今は、やっと日が昇ったばかりだ。早朝からやたら入り口を叩く馬鹿がいるから少し苛立ちながら扉を開けたらこれだ。
この黄色い物体は多分『バナナ』だろう。南国で採れる果物でここら辺では超高級というか滅多に見ない。
なんかツッコミ所満載だが、ここでツッコんだら負けだ。この1本のバナナのためにくだらない多大な苦労が垣間見えるがそれについては無かった事にしようと思う。
「ありがとう。じゃあな」
僕は扉を閉めようとするが、小さい影が扉から出て来た。ドラゴンの化身のアンだ。こいつは低血圧で朝は弱いはずなのに、今日に限って何故早起きなんだ?
「あっ、領主様じゃないですか。お元気ですかお久しぶりですね」
アンの言葉に満面の笑みで領主が振り返る。
「お久しぶりですね、マドモワゼル。ザップ君がここに住んでるって聞いたので、彼の好物を持って来たのですよ。そんな事より、今度お食事でもどうですか」
「お食事のお誘いありがとうございます。ですが、私は身も心もご主人様のものなのでご主人様の許可がないと外出は出来ないのですわ」
ん、アンもなんか気持ち悪い事言っている。口調も変だ。もしかして、この茶番は2人が仕組んだものなのか?
「ん、ザップ君、身も心もとは、私に興味が無いと思ったら、俗に言う『ロリコン』というものなのか?身の回りに魅力的な女性が多いのに誰にも手を出さないとはそういう事だったのか?」
領主はカイゼル髭を弄びながら、僕を冷たい目で見つめる。確信したこいつらグルだ。けどなんかムカつくな。
「おい、そもそもお前に興味なぞ無い。それに誰がロリコンだ。お前こそアンを飯に誘ってたじゃないか」
「私は領主だからいいんだよ、私が何をしても大抵な事は私の周りの者は許してくれる」
そうだよな、こいつが何をしても周りは何も感じないだろう。あ、またか程度で済むだろう。それって諦められてるだけだと思うが。そうはなりたくないものだ。
「まぁ、それはおいといて、ザップ君、早くそれを食したまえ、そして私は喧伝する。ザップ君はやはり『バナナ』が好物だったと」
まぁ、要はバナナを手に入れたから気合いでおすそ分けに持って来たと言うことか。確かにいろんな物語でバナナという果物は猿系の生き物の好物とされている。けど、猿で第一に僕を連想するのは止めて欲しいものだ。
と言うことは2人のこの茶番はアドリブか。
考えてみる。カイゼル髭の気持ち悪いオッサンが夜通しバナナを持って走ってる光景を。こりゃ、食べたくないな。けど、このバナナには興味がわく。
食べるべきか、食べざるべきか、それが問題だ。昔の詩人の剽窃が頭に浮かぶ。
僕はバナナをじっと見つめる。
かぷっ。もしゃもしゃもしゃ。
「アン、お、お前!」
僕は言葉を失う。アンは僕の手のバナナを皮がついたままをまるごと食べやがった。あと少しで手までいかれる所ですんでで手を引く。
「ごちそう様でした」
アンは手を合わせる。多分これで良かったのだろう。
「バナナはドラゴンが食べました。じゃあな領主」
僕は片手を上げる。
「フフッ。これくらい想定内だ」
領主は襟元を開き、そこからもう1本バナナを取り出した。そのとき豊かな胸毛が見える。生暖かいそれを咄嗟に受け取ってしまう。
「あ、ありがとう」
「あーっ、それってバナナじゃないの?食べたーい!」
マイが起きて来た。マイが食べたいならしょうが無いな。僕はバナナをしっかり洗って、マイと半分づついただいた。うん、美味しいわ!
「俺の好物はバナナでいいよ」
その言葉を聞いて領主は満足そうに走り去った。