新しいご主人様 中編
私がブレスを吐き終わると、猿人間さんがこっちを睨んでいた。なにかまずい事をしたのだろうか。
いや、言われた通り出したから問題ないはずよね。しばらく猿人間さんと見つめ合う。なんて冷たい目をしているのだろうか。私はかつて、こういう目をした生き物を見た事がある。魔王や邪神、命をもてあそぶ事に一切の躊躇の無い者の目だ。背筋が寒くなり目を逸らす。私はとりあえず目を瞑る。寝たふりしていたらどっか行ってくれるないだろうか?
ゴツン!
私の頭にまた衝撃が走る。
うう、また棒でぶたれた。私の何が悪かったのだろうか。私はドラゴンだからこんなんですんでるけど、普通死んでしまうわよ。
「こんなので満足すると思うか!全力ではけ!全力で!」
猿人間様は大声を上げる。
ええーっ!威力強いのがお望みだったんですかー?
やっぱり、こういう時って、何だっけ『忖度』って奴するものじゃない?
ねー、よく、手合わせとかで、『かかってこい』って言われて、全力でいったら、今度は『何、本気出してやがる、トレーニングだろ』っとか言われて怒られるパターンかとか思うじゃない普通。
けど、猿人間様めっちゃ怒られていますです。解りました。わたくし全力でいきます。
私は息を大きく吸い込むと、ここしばらくで最高のブレスを吐く。
どうなってもしらないわよ!
「ゴォオオオオオオオオオオーッ!」
私の神さえも焼き尽くす破壊の炎が猿人間様に向かって放たれる。
私は目を見開く。
笑っている……
最高の笑顔で笑っている……
私のブレスは猿人間様の前で消滅して、それを見ながら、猿人間様はとても嬉しそうな顔をされている。
この御方はやばい存在だ。いままでかつて私のブレスを笑顔で受け止めた存在など居ない。変態だ。逃げよう。逃げないとどういう目にあわされるのか想像もつかない。
ブレスを吐き終わると、猿人間様は満足そうな笑顔を私に向ける。怖い。怖すぎる。
「食え」
猿人間様が抑揚のない声を出される。その前にはいつの間にか大きな犬のようなものがある。
ヘルハウンド?三匹?
どこから出されたのだろう。よく見ると呼吸していない。死んでるみたいだ。ヘルハウンドはどれも目立った外傷がない。やはりこの御方は危険すぎる。私でもヘルハウンドを無傷で倒す事は出来ない。ヘルハウンドと隔絶された自力がないと出来ない芸当だ。私はつい驚愕の目で猿人間様を見る。目が合ってしまう。せっかく上機嫌に見えたその尊顔が曇りはじめる。
え、私またやらかした?
「食えって言ってんだ!」
ええーっ!そのままですかー?
生は嫌!生は勘弁してくださいーっ!
せめて火を通したいとこだけど、ブレスは底をついたばかりだし。けど急がないとまたどつかれそうだし。それにヘルハウンドは臭いし固いし不味いし……
私は猿人間様をちらりと見る。まずい、早く食べないとまた怒られそうだ。私はやむなく一匹づつ丸呑みしていく。さすがに口の中でボリボリしたくない。まさかヘルハウンドの死骸の躍り食いをする事になるとは……
私が最後のヘルハウンドを呑み込むのを見ると、猿人間様は満足そうに頷かれて私に背を向けて去っていった。
私の体から滝のように汗が流れる。どうにか生き残る事ができた喜びで、目からも滝のように涙が溢れる。
怖かった。もう嫌だ。逃げよう。遠くに逃げよう。猿人間様が居ない所に。