迷宮深層
『カチリッ』
ボストロールとの戦闘の後、音がしたわけではないが、僕の頭の中で明らかに何かの歯車みたいなものがはまったような感覚がした。
僕は、ラパン・グローであると同時にザップ・グッドフェロー。
冒険者にして最強の荷物持ちだ。
記憶が戻ったわけではないが、魂に刻まれた無数の戦闘と訓練の軌跡と僕の体が今リンクした。このラファ姫様の肉体がレベルアップによってやっと僕のスキルに耐えうる力をもったのだろう。
石化により弱体化した収納スキルも使いこなせるようになった今なら、無限の可能性を感じる。ザップのスキルを使えるようになった今、もう怖いものはない。
「ラパンちゃんなの?」
デルさんが僕に恐る恐る問いかける。多分僕の変化に気付いたのだろう。
「そうだよ、スキルを使いこなせるようになっただけだよ。ありがとう」
「少し試してもいい?」
「うん」
「本気でいくわね」
デルさんは跳び退りながら斧を構える。そして接近して斧を腹で打ち据えるように振りかぶるが、振り下ろした時にはもう斧はない。僕はデルさんに斧を出して差しだす。
「え、何が起こったの?」
デルさんは目を丸くしている。
だいたい僕の体から1メートル位の間合いに入った物質を自由に収納に出し入れ出来るようになった。ポータルも使えるようになったので、僕はかなり強くなった気がする。あと、ラファ姫様のスキルの精神魔法と火炎魔法と火炎吐息も思い出した。これから実戦で使えるように訓練していこうと思う。
「間違いなく、ザップ兄様のスキルね。デビルロードモンキーウーマンラパンの誕生ね」
ルルさんが僕の肩を叩く。むぅ、長い名前だな。
「あの、魔王でもないし、猿女性でもないと思うんですが」
「そうね、なんかいい二つ名考えとくわ」
ルルさんはそう言うが、二つ名なんていらないんですけど。
次のフロアからはリザードマンが出て来るが、全く問題なくサクサク先に進む。固い鱗に素早い動きでトロールよりは強いのだが、見た目が人に近くない分戦い易かった。知恵もあるらしく多彩な武器を装備してるが、僕のハンマーの前には一撃だ。特にハンマーは格下の相手には無双出来る。相手の防御も攻撃も関係なくただ叩き潰す事が出来る。
そうこうしてるうちに44層を踏破し、次は45層だ。階段を降りながら次の敵のヘルハウンドについてルルさんが説明してくれる。小型の馬位ある犬で火を吐くそうだ。お肉は可食なのでなるべく頭を一撃で倒すように頼まれる。得意分野だ。
デルさん索敵、僕攻撃、回収ルルさんで問題なく進んで行く。ルルさんのアドバイスで犬の吐く炎を収納に入れながら犬の頭に一撃を与えていく。たおした犬はルルさんにタブレットを貸しているので、ルルさんが収納していく。滞りなく48層まで下り、そこにいる魔物に遭遇して僕は身がすくんでしまう。
ケルベロス、地獄の番犬。ヘルハウンドよりさらに一回り大きく、3つの首がある。
思い出した。かつて僕はこいつの火球を顔にうけて、足を食い千切られた。急に辺りの温度が下がったかのように寒くなる。足に力が入らない。逃げだしたい。
僕の心に、マイさんとアンさんの顔が浮かぶ。逃げちゃダメだ。心を燃やせ。そうだ、僕はザップ・グッドフェロー。こんな奴に負けるはずが無い。
そうだ、ここで昔の恨みを晴らしてやる!
恐怖を簡単に塗り替える方法は怒りだ。僕は怒りに目を見開き全身に力を入れて恐怖を追い出してやる。
ケルベロスが火球を吐いてくるが、怒りに燃えながらも冷静に見切り、火球を収納に入れて、竦む足を叩いて走り出す。
「ウオオオオオオオーッ!」
僕は上段にハンマーを構えて接近する。ケルベロスは跳びかかってくるがそれは悪手だ。さらに接近し空中で動きが制限されているケルベロスの頭にカウンターの一撃を叩き込む。押し切るような一撃で地面にハンマーで挟み込む。そのあと残りの二つの頭も叩き潰す。動かなくなったことを確認し構えをとく。
僕は昔を乗り越える事が出来た。多分ザップのおかげだ。
その傍らに銀色の液体をたたえた小瓶が現れる。ステータスアップポーションだ。
「ラパンちゃんやったわね」
ルルさんがサムズアップで祝福してくれる。
僕は緊張感で、まだ肩で息をしている。
「これはラパンが飲むのよ」
デルさんがポーションを拾ってきて口の所を服で拭って僕に差しだす。
「うん、わかった」
きゅぽんと栓を抜き、それを一気に飲み干す。優しい甘さが僕を癒す。なんか力がさらに湧いてくる。
ケルベロスがいた部屋の先は階段で48層を後にした。