ザップ・グッドフェローの憂鬱 前
「はぁあああああ」
つい、ため息が漏れる。しかも何気に深いやつだ。
暑い夏も終わり、日の光が穏やかになり、日の入りも早くなった。毎年だ。毎年この季節になるとなんかもの悲しくなる。夏にはモクモクとでっかい手を伸ばしたら届きそうな綿菓子みたいだった入道雲も、今は空の高いとこをハケで刷いたような巻雲に変わってる。天たかく馬肥ゆ。馬が太ると言われてる秋なのに、僕はただただ憂鬱だ。朝の街道をトボトボ歩く。
マイに暇ならついて来ないかって誘ったんだけど。
「もうっ。子供じゃないんだから、それくらい一人で行きなさいよ。あたしは今日はもう違う依頼いれてんだから」
いつもはついてきてくれるマイはこんな感じだった。
アンも誘ってみたけど。
「ご主人様、そこだけは勘弁してください。私はあそこだけは恐ろしくて震えが止まんないんです」
豪放磊落を地でいく、怖いものナッシングなドラゴン娘でさえ怯える場所。
今、僕はそこに一人で向かっている。アンは一度マイに拉致られて連れて行かれ、それはもう恥も外聞も捨てて泣きじゃくったそうだ。
憂鬱だ。憂鬱だ。行きたくねー。けど、行かないとマイにベジタリアンにされてしまう。
「はぁああああぁぁぁ……歯医者かぁ……」
それは昨日に遡る。リビングでの昼下がりの事だ。
「アン、ひと思いにやれ。大丈夫だ。少しくらい余計に持ってっても怒らんから」
僕はアンにペンチを渡す。
「いや、ご主人様、自分でやってくださいよ。なんか嫌ですよ」
「自分でも何回かトライしたさ。けど、やっぱ自分だと躊躇ってしまって、うまくいかないんだよ」
「いや、私だって躊躇いますよ。それに私って不器用ですから」
それは知ってる。うちではアンが一番ぶきっちょだ。けど、マイやジブルに頼んだら言う言葉は決まっている。「歯医者に行け」だ。
最近強くなってから、一つの弊害に気付いた。迷宮で追放される前は幾つか虫歯はあったんだけど、あそこでの修行で、やられる歯が抜ける、エリクサーで生えるの繰り返しで、全ての歯は生え替わっていた。けど、最近は殴られて歯が抜ける事も少なくなった。歯はちゃんと磨いているんだけど、右奥の親知らずの前の歯が痛い。忙しくて歯磨きが完璧じゃなかったのかも。それで、抜いてエリクサーで生やそうと思ってるんだけど、自分でペンチで抜くのは思ったより力が入らず、しかも歯が頑固で上手くいかなくて、アンに頼んでるって訳だ。
「頼む、アン、頼むよ」
業腹だがドラゴン娘に頭を下げる。
「嫌ですよ」
「頼む。抜いてくれ」
「自分でやってくださいよ」
「頼む。一生のお願いだ。一回だけでいいから抜いてくれ!」
「何いってんですか。自分で、自分で抜いてくださいっ!」
バタン!
叩きつけるようにドアが開く。
「何やってるのよ!」
顔がまっ赤なマイ。激オコだ。ヤバい……
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