草の呟き
私は草。
草と言う名に馴染みがある者は少ないだろう。草とは何かと言うと、俗に言う隠密とかスパイとか言われるものだ。他国に潜み本国に国の趨勢を伝えたりや、場合に寄っては国家機密などに触れる事もある。
私の生まれた王国は、帝国、聖教国、東方諸国連合、未開民族国家群に囲まれ常に戦乱の種を孕んでいる。故に、兆候を察知するために各地に私のような草を多数放っている。
私の配属は『犯罪都市ドバン』。盗賊上がりの傭兵としてここに来て数年になる。かつては『公爵』と言われる者の下で働きそれを隠れ蓑にしてたが、今はもう居ない。伝説の英雄ザップ・グッドフェローの逆鱗に触れ、その屋敷は灰燼と化した。それから任を解かれ、一端は王国へと帰ったんだが、私に出来る事と言えばこの仕事だけ。再び草として犯罪の坩堝であるこの腐った街へと帰って来てた。今度は出来るだけ荒事に巻き込まれないように、『豪商』と呼ばれる街の有力者の下で働いている。『豪商』はその名から連想されるように、金の力でこの地で成り上がった者だ。清濁併せ呑む商売をしているが、ここでは比較的に悪辣ではない権力者だ。
ここ最近、私の下には看過できない情報が舞い込んできた。魔の森に巣くうイカれた集団、忍者のトップの里長なる者が、あのザップに全面戦争を仕掛けてるというものだ。今までちょくちょくドバンの忍者が依頼されてザップの暗殺に向かってるというのは知っていた。けど、何を考えて全面戦争など始めたのだろうか? あれは人じゃない。私から見たら神の領域に足を踏み入れかけてるように見える。
そして、書類仕事に従事する私の下に二枚の紙が送られてきた。小物転移の魔法は魔道都市の十八番。だが、足跡が残る。優れた魔道士にはその痕跡は容易に解析できると言う。故に、私が本国と連絡する時には暗号を用い幾重にも経由させ出着が分からぬようにしてる。それが、直接? 私は紙に目を通す。一枚には直属の上司の乱れたサインがあり、この内容を即座に街全体に伝達するようにとのこと。もう一枚は?
『今から、ドバンを襲撃します。死にたくない人は、さっさと逃げてね
最強の荷物持ち猿人間魔王ザップ・グッドフェロー』
「馬鹿かっ!」
怖ろしい事を、さも主婦がお買い物にでも行くような気軽さで……無茶すぎだろ! とりあえず、上司の手紙を燃やす。
だが、やるしかない。私は駆け出し、そのザップからの手紙を増産し、各所に配りまくる。それと平行して、その手紙を大量に印刷し、部下に街にばら撒かせた。
手荷物を持つ人々が北へ北へと移動してる。この街に居る者はほぼ全て脛に傷もつ者。けど、一つの共通点がある。全ての者が生き汚いという事だ。危険が来るなら逃げる。森より北は魔族が治める地。かの地は過酷ではあるが、生きてく上では労働に事欠かないと言う。『公爵』家の倒壊はここにいる者はほぼ皆が目にしている。あれに巻き込まれるくらいなら、この地を捨てると思う者が大半だろう。時一刻を経ずして街は閑古鳥の住み家となった。もっとも里長がザップに喧嘩を売った時点で聡い者はドバンから離れているのだが。
だが、私は離れる訳には行かない。これから起こる事を可能な限り報告せねば。まあ、人並み以上には荒事への耐性はあるから、そうそう死にはせんだろう。
私は人が居ない邪神を祭る鐘楼から街を見下ろす。ここからなら何が起こってもすぐに気づけるだろう。
ドゴン!
眼下の広場で音が。見ると一体のドラゴン。その上にもう一体ドラゴンが現れる。大きい。噂に聞くよりもかなり大きいドラゴンが二体。私は夢でも見てるのか。つい目が引き寄せられる。赤い竜と緑の竜。美しい。だが、何してるんだ? 赤に緑が乗っている。交尾?
二匹は離れ立ち上がり魂を削るような雄叫びを上げる。私は心臓を鷲掴みにされたような恐怖に襲われ、その場に倒れ込む。聞いた事がある。上位の竜の叫びは魂を砕く事があると。
ああ、私は判断を誤った。まさかザップがドラゴンをけしかけて来るとは……
反則だろ……
逃げよ……
何とか立ち上がり、階段を下りる。小窓から竜を眺めると争ってるように見える。チャンスだ。今のうちに私も北の街道へと向かおう。
『第433話 魔法の絨毯に乗って2 大国』より草さんです。
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